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『歩いても 歩いても』 家族というカオスについて

2008年/日本
監督:是枝裕和
出演:阿部寛・夏川結衣・樹木希林・YOU 他


15年前に他界した長男の命日。
年老いた両親が暮らす実家に、次男・長女の家族が帰省する。

長女(ちなみ)は、実家を二世帯住宅に改装して一緒に住みたいと考えていて、母親のご機嫌をとることに余念がない。
次男(良多)は、夫と死別した子持ちの女(ゆかり)と結婚し家庭を築いたものの現在失業中。そして失業の事実を両親、特に父に知られたくないがゆえにつまらない嘘をつく。

一方、町医者だった父は相変わらず頑固で愛想がない。
母はよく喋るが、柔らかい口調ながらも絶妙な嫌味を織り交ぜるので、たまに周囲を閉口させる。

家族それぞれの想いや事情はあるものの、久々に皆が集まった実家は賑やかだ。
孫達は庭ではしゃぎ、母とちなみは料理をしながら会話を楽しむ。父と良多は会話が弾まずやや険悪。次男の嫁という立場のゆかりは、嫁らしくあれこれ気を使う。

このありきたりな風景は家族の幸福な一面だ。
良多やちなみが幼かった頃の想い出話然り、タイルのはがれた風呂場は時間の経過を感じさせ、かつては活気にあふれていたであろう家族の過去を思い起こさせる。

そして、ぶつぶつ文句を言いながらも、久し振りに帰ってきた子供たち家族のために作り過ぎてしまった料理。これにも疑いようもない母の愛情を感じる。


一方で、家族には不幸せな一面もある。
その象徴が長男の死だ。
彼は海で溺れそうになっていた子供を助けて命を落とした。
この出来事は家族に暗い影を落としている。

父は跡取り息子を亡くしたことを悔しく思い、母は突然絶たれた息子の命を諦めきれないでいる。そして良多は父が何かにつけ亡き兄と自分を比べることに腹を立てている。

日頃は鳴りを潜めているが、ふとした瞬間にそれぞれの負の感情が溢れ出す。

母は、命日の夜に部屋に入ってきたモンシロチョウを「長男が帰ってきた」と言って夢中になって追い回す。
その姿はとてもせつなく、残された者の悲しみが強烈なまでに表現される。


物語の冒頭、良多と義理の息子あつしがこんな会話を交わす場面がある。

  「うさぎのこと、なんで死んじゃったのに笑ったの?」
「面白かったんだもん」
  「なにが?」
「だって、レナちゃんがみんなでうさぎに手紙書こうって言うんだもん」
  「いいじゃないか、手紙」
「誰も読まないのに?」


「誰も読まないのに?」
確かに。誰のために書くというのだ?

しかし、あつしは良多の実家で見た様々な出来事(たとえば良多の母が蝶をおいかける姿)から、死んだらそれで終わりではないこということを自分なりに理解する。幼い頃に死んでしまった亡き実父。父への想いが自分の中に残っていれば、彼は自分の中にいるのだ。

そしてこうも思ったはずだ。
「手紙は生き残った者のために書くのだ」と。



「幸せ」も「不幸せ」もすべてひっくるめて家族が共有してきた歴史だ。
そして、歴史を共にしてきた家族であっても、それぞれは独立した人間であり、生き方や想いは当然異なる。反対に、それぞれが独立した人間であっても、家族だから逃げられない想いもある。

個人的には、「家族は深い絆で結ばれているから最終的にはわかりあえる」的な物語にあまり共感できない。深い繋がりがあるのは事実だと思うが、わかりあえるとは限らない。むしろそうでない場合が多いのではないだろうか。なぜなら家族ほど複雑な人間関係はないと思うから。

家族はお互い近すぎる存在ゆえに、求めすぎたり、あるいは遠慮なく残酷な言葉をぶつけることもある。とにかく距離の取り方が難しい。それに加えて家族として共有してきた歴史が良くも悪くも関係を複雑化させる。
そう、家族関係というのは少なからずカオスなのだ。

そして、そのカオスな家族関係の中で、幸も不幸も共有し、喜び、悲しみ、そして忘れていく。最終的には死をもって別れを迎え、残された者は亡き家族への想いを(それがどんな種類の想いであれ)自分の中に住まわせて生きていくのだ。


ところで、年老いた母親を演じた樹木希林が本当に素晴らしかった。
夫の過去の浮気を言葉にすることなく責める場面(いしだあゆみの「ブルーライト・ヨコハマ」のレコードを聞かせることで、自分が夫の浮気を知っていたことをほのめかす)があるのだが、そのゆるやかな怖さは彼女だから出せる味。

映画を観終わって数時間たった今でも、この歌のフレーズ、
「歩いても〜、歩いても〜」
が耳から離れない。

(day14)

写真:夏の日

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