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短編小説作品集1

52
初期の短編小説集。物語の中の日常を伝えられますように。
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#鎌倉

『星屑の森』-KAITO-(9)

『星屑の森』-KAITO-(9)

春希が5歳になる年、京子と春希を鎌倉に連れて行った。
再来年に小学校受験を控えた春希に、鎌倉の寺社を見せたいと京子が言ったのだ。それを聞いた春希は、海が見たいとはしゃいでいた。

俺は平日に有給休暇を一日取ると、二人を車に乗せて午前中に鎌倉に入った。鎌倉八幡宮の目の前から真っ直ぐ伸びる参道「段葛(だんかずら)」に面する和食屋で早めの昼食をとると、鶴岡八幡宮・鎌倉宮を回り、そして最後に、学問の神であ

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『星屑の森』-KAITO-(5)

『星屑の森』-KAITO-(5)

(※今回は、暗めのお話です。ご注意ください。)

彼女が、手紙を書いた主「里砂子」なのか?
左手薬指に結婚指輪をしている。彼女は、私の妻なのだろうか。
しかし、彼女が私の妻と仮定して、果たしてあんな手紙を書く必要があるだろうか。
わざわざ呼び出さなくても、用件があれば家で話せば済むだろうに。

私は彼女の顔を凝視した。
篠森カイトを目にした直後、平均的な日本人である彼女の顔が印象的だとは思わない。

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『星屑の森』-KAITO-(4)

『星屑の森』-KAITO-(4)

私が渡した白い封筒を少し眺めて「宛名はないのですね」と言うと、彼は静かに封筒を開けて、中から折りたたまれた一枚の便箋を取り出した。
便箋を開くと、そこに書かれた文を読み上げる。

『 明日の夜、あなたと最初に出会った場所で待っています。
必ずいらしてください。いつまでも待っています。
                        里砂子』

手紙に書かれているのは、これだけだ。
便箋は、白地に月

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『星屑の森』-KAITO-(3)

『星屑の森』-KAITO-(3)

「それは、記憶喪失ということですか。名前まで思い出せないということは、ご自身のことは何もわからないのでしょうか。いつ頃からですか?」

彼は、私が記憶喪失だと知っても、さほど驚くことなく静かに尋ねた。

「3か月前に、材木座の海岸で倒れていたところを三船先生に発見していただいたんです。頭を殴られていて、気づいた時には何も……。自分が誰なのか、名前さえも思い出せません。頭の検査はして、傷ももうほとん

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『星屑の森』-KAITO-(2)

『星屑の森』-KAITO-(2)

「どなたですか?」
男が目を細めて顔を傾けると、金色の長い前髪が揺れる。
私は、相手が日本語を話せると分かって安心した。

「三船医院の三船先生から、篠森さんを訪ねるように言われたんです。……ここは、篠森さんのお宅ですか?」
私がそう尋ねると、男は溜息を吐いた。

「はあ、またあの先生は……。いつも前もって連絡しろと言ってるのに。さあ、外は暑いでしょう。どうぞ入って」
男は、三船医師を見知っている

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『星屑の森』-KAITO-(1)

『星屑の森』-KAITO-(1)

「ここから歩いて、『篠森』さんという人を訪ねなさい。男の足なら、うまくいけば15分くらいで着けるから」

三船医師に言われて病院を出てから、かれこれ30分は歩いている。
しかし、一向に「篠森」さんという人の家は見えてこない。
「大きな洋館だから、すぐに分かるよ。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
三船医師は余裕綽々(しゃくしゃく)で昼飯の素麺をすすっていたが、そんなに楽な道のりではないじゃないか。

夏の鎌倉は、

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『星屑の森』―AKIRA―(3)

『星屑の森』―AKIRA―(3)

透明な紫色のガラス製のドアノブに触れると、ひやりとした感触が掌(てのひら)に伝わる。
ドアノブは、ガチャリと音を立て、しっかりと回った。
店が営業している証だ。

「愛、帰ろうよー」

後退を促す菜佳を尻目に、私は躊躇(ちゅうちょ)なく重い扉を開ける。

すると、「チリンチリン」と小さなベルが鳴るのと同時に、
扉の中に閉じ込められていた暖かな空気が、私達の頬を掠(かす)めていった。

良い香りのす

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『星屑の森』―AKIRA―(2)

『星屑の森』―AKIRA―(2)

放課後、品川からJR横須賀線の電車に乗り、私と菜佳は鎌倉までやって来た。

「東京から遠くはないけど、なんか遠足の気分だね」

菜佳は、キョロキョロ周りを見渡して、美味しいものがありそうなお店を探している。

「菜佳さーん。あんまり時間ないから、行きますよー」

「えー!? 一軒くらいどこか入ろうよー」

観光客の多い駅前の通りには、道の両脇に食べ物屋がずらーっとどこまでも並んでいて、どこにいても

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