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『星屑の森』-KAITO-(2)

「どなたですか?」
男が目を細めて顔を傾けると、金色の長い前髪が揺れる。
私は、相手が日本語を話せると分かって安心した。

「三船医院の三船先生から、篠森さんを訪ねるように言われたんです。……ここは、篠森さんのお宅ですか?」
私がそう尋ねると、男は溜息を吐いた。

「はあ、またあの先生は……。いつも前もって連絡しろと言ってるのに。さあ、外は暑いでしょう。どうぞ入って」
男は、三船医師を見知っているようだ。どうやら探していた「篠森さん」で間違いないらしい。

天使が日本語を話せるかどうかはしらないが、どうやら彼は人間だったようだ。
背中に翼はなかったし、それに、彼は白いローブではなく紺色の浴衣を着ていた。
招かれて入った家の中も、雲の上の楽園ではなく、普通の人間が生活する家の装飾がなされている(人間以外が住んでいるとしても、幽霊くらいであろう)。
安心したのと同時に、少しがっかりしている自分がいて、私は心の中でくすりと笑った。

私を立派な応接間に通してから、彼は「篠森 カイト」と名乗った。
(なんだ! 名前はしっかり日本人じゃないか!)
その時、私は彼が出してくれた冷たい麦茶を一気に飲みこもうとしていたところだったから、思わず麦茶を吹き出しそうになり大いにむせてしまった。
「はは。意外でしたか」
彼はゆっくりと麦茶を飲みながら、慌てる私を優しい笑みで見ていた。

彼は、青年というべきか、大人というべきか。
見た目は、若く美しい青年だ。若葉のような艶やかさ、そして、30分歩いた位でへたばりはしないだろう、野生動物のような溢れるパワーがある。
その一方で、ピンと背中を伸ばし、綺麗に足を揃えて椅子に腰かける姿は、大人の気品と余裕を感じさせる。
和装というのは、着こなしや足さばきが難しいものだと想像するが、彼の所作には余計なものがなく、小川の流れのごとく自然なものだった。
一つ言えることは、ハリのある艶やかな生地の浴衣が、彼のしっかりとした骨格を際立たせ、襟元や袖から覗く鎖骨や長い指をもつ大きな手を、セクシーに演出しているということだろう。
紺地の浴衣に白い帯も涼やかで、シンプルな日本古来の染色も、金色の絹糸のような髪と見事にマッチしていた。

彼がいくつであるのか、なぜここに住んでいるのか、色々と聞きたいことはあるけれど、初対面で質問攻めにするのは失礼だろう。
それに、話を聞いてもらいたいのは私なのだ。
そのために、今日はここまで汗を流してやって来たのだ。

「あなたのお名前を聞いても良いですか?」
彼は、綺麗なグレーの瞳で私の瞳を見つめた。
彼の瞳は透き通っていて、私を内側から吸い込んでしまいそうだ。
彼なら、私の知らない私を見つけてくれるかもしれない。

「私は、『あかいし みちお』と呼ばれています」
「……呼ばれている、とは?」

「この名前は、三船先生が付けてくれました。実は、私、記憶がないのです」

(つづく)

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