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『星屑の森』-KAITO-(5)

(※今回は、暗めのお話です。ご注意ください。)


彼女が、手紙を書いた主「里砂子」なのか?
左手薬指に結婚指輪をしている。彼女は、私の妻なのだろうか。
しかし、彼女が私の妻と仮定して、果たしてあんな手紙を書く必要があるだろうか。
わざわざ呼び出さなくても、用件があれば家で話せば済むだろうに。

私は彼女の顔を凝視した。
篠森カイトを目にした直後、平均的な日本人である彼女の顔が印象的だとは思わない。
しかし、なぜか彼女の顔から目が離せなかった。
彼女の涙を流す表情(かお)を見ていると、こちらも胸が痛いほど辛くなるのだ。記憶を失ってから、こんなことは一度もなかった。
きっと、いや、絶対に私は彼女を知っているはずだ。
心が思い出せと言っている。

暫くの間、便箋を見つめていた彼女が、再び万年筆を動かし始めた。
その瞬間、彼女の筆の動きと同時に、手紙に書かれた文字たちが私の前に現れると、私の身体に絡んだ「明日」の文字の上に覆い被さるように、襲いかかってきた。
私は何とか逃れようと、慌てて腕を動かしたり、大きく身体を揺らしたりを試みたが、文字はきつく纏わりついて離れない。
この水中のような世界では、どんなに叫んでも、声は空気の泡となって静かに消えていくだけだった。

「誰か助けてくれ」
どうもできない私は、心の中で祈っていた。
しかし、美しい文字たちはきつく幾重にも重なり続け、とうとう私の身体を真っ黒なインクで覆いつくしてしまった。
目の前が真っ暗になる。動けない。息ができない。苦しい!
意識が段々と薄れる中、歌が聴こえた。

『かごめ かごめ かごのなかのとりは いついつでやる よあけのばんに つるとかめがすべった うしろのしょうめん だあれ』

この声は、彼女の声か……。

『あなたは、私をどこにでもいる従順な女と思っているんでしょう。この家に閉じ込めて、飼っている気分なんでしょう。外を飛び回る鳥のことを、籠の中の鳥は知らないと思っている。ああ、なんて哀れ。私がいないと何もできないあなたの方が、飼われていることに気づいていないの』

静かで穏やかな彼女の口調。
それに反して、彼女の書いた文字たちは、ますます力を強めて私を雑巾のごとく絞ろうとしてくる。
まるで、彼女の悲しみ、そして、奥底に潜む怒りを、彼らが代弁しているように──。

(つづく)

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