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『星屑の森』-KAITO-(1)

「ここから歩いて、『篠森』さんという人を訪ねなさい。男の足なら、うまくいけば15分くらいで着けるから」

三船医師に言われて病院を出てから、かれこれ30分は歩いている。
しかし、一向に「篠森」さんという人の家は見えてこない。
「大きな洋館だから、すぐに分かるよ。ふぉ、ふぉ、ふぉ」
三船医師は余裕綽々(しゃくしゃく)で昼飯の素麺をすすっていたが、そんなに楽な道のりではないじゃないか。

夏の鎌倉は、山の風が心地よい。青々と茂った紅葉の葉が道に影を落として、厳しい日差しから私を守ってくれる。
しかし、30分も歩き続けていれば、汗は勝手に額から頬を伝って次から次に流れ落ちていく。
三船医師の書いた地図を見ていたら、とうとう山の細道に入り混んで、自分がどこにいるのか分からなくなった。
「くそう、三船の爺さんめ」
私は恨み言を言いながら、そのパワーをエネルギーにして、足元の悪い山道を歩き続ける。

すると、木の根が障害物となっていた山道に、突如石畳が現れた。
整えられた石の道に一歩足を踏み入ると、道の両脇に植えられている樹々の間を風が通り抜けて、サァっと涼しげな音を奏でる。
思わず顔を上げると、石畳から続く階段の先に、古い洋館の一部が見えた。
私は風に背中を押されるように道を進み、息を切らして階段を上る。
ここが篠森さんの家であってほしい。もし、違う人の家でも、水を一杯もらいたい。
もう喉がからからだ。

100段はあろうかという階段を何とか登りきると、再び石畳のアプローチがあり、その先に玄関があった。
石畳を見ていると、小さな亀の甲羅がたくさん並んでいるように見えてくる。
亀の上を歩かせてもらっている私は、踏み外したらどこかに落っこちしまうのではないかとくらくらして、汗は冷や汗へと変わった。

額の汗を腕で拭い、深呼吸を3度して心を落ち着かせる。
ここは蝉の鳴く声は聞こえず、風にそよぐ葉擦れの音がこの山の広さを知らせるだけだ。
こんな場所に、古い洋館だなんて。しかも、かなり大きい。
屋根瓦は日本の雰囲気があるが、アーチ形の窓や玄関の天井からぶら下がるライトは西洋風アンティークだ。窓ガラスには、大正時代特有の表面の凹凸があり、ガラスの向こうの景色が歪んで見えた。

「不思議なところだなぁ」
私はそう独り言を吐くと、早速呼び出しのチャイムを押す。
暫く物音がせず、誰もいないのか……いや、水は手に入らないのかと落胆しかけた時、ドアの鍵が開く音がした。

いかにも重そうな分厚い木製の扉が開くと、そこから登場したのは、見たこともない美しい男だった。
身長170㎝ほどある私が大いに見上げてしまうほどすらっと背が高く、空気に溶けてしまうんじゃないかと思うほど肌は白く透き通っている。
そして、長い睫毛に囲まれた、透明度の高いグレーの瞳で、私を見ていた。

こんな山の中に、こんな人間がいるなんて。
いや、人ではないかもしれない。もしかして、天使か?
怪我したばかりの私を、とうとう迎えに来たのか……。
いや、この場合、自分から天国の扉を叩いてしまったのかもしれない。

(つづく)

つづきは、こちらから🌟↓

※『星屑の森』ーKAITOーは、『星屑の森』シリーズ第二弾の物語です。不定期連載ですが、お付き合いいただけたら嬉しいです✨

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