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テスト前日に「全然勉強してない」と言ってくる友達に出会ったことない??

久しぶりに読書感想文ではないnoteを書いている気がする。



今日はとある授業で習った「学習不振」に関しての内容が興味深かったのでそれを書き残しておく。

◎動機づけという観点から

テスト前に極度に不安になったり緊張したりすることはないだろうか?テスト場面やそれに類似した出来事で生じる不安を「テスト不安」というらしい。

私は典型的な「テスト不安」持ちの人間なので、オンライン授業になってテストがなくなったら顕著に成績が伸びたと言っても過言ではない。
テスト不安が生じる原因としては
・失敗を恐れる気持ち
・成功しなければならないというプレッシャー、誰かに評価されることに対しての懸念・心配
などがあるようだ。

1度大事な試験で失敗してしまうと、同じような場面で極度に失敗が怖くなる。その気持ちはすごくよく分かる。
だからこそ同じことで困っている生徒がいたら一緒に解決策を考えたい....と思う気持ちがある。
「不安」というのは急に消えたりしないのだから。

ちょっと思うのは成績が良い人でも「テスト不安」に陥るのでは?ということだ。成績が良いからこそ感じるプレッシャーや、自分は勉強でしか良い評価をもらえないなんていう考えもあるかもしれない。
勉強ができるできないに関わらずこういう不安があるかもしれないということを心に留めておきたい。


動機づけという観点から見たとき、学習不振になる原因として他には「自己肯定感の低下」が挙げられていた。失敗を繰り返した人が陥る思考は、「どうせやったって自分にはできない」....であるのではないか。
自尊感情が低くなり、自信がなくなる。

これを防ぐ(自己肯定感を育てる)ために必要なこととしてあげられているのが
・教師の粘り強い肯定的な言葉かけ
・「自分は(集団の)役に立てている」と感じることのできる役を与える
→「私にもできることがある」という感覚を生徒が抱けるようにしていく

なのだが、案外これは難しい...というか本当に継続的にやっていかないと意味をなさないような気もする。この「継続的」というのは学校を超えて、という意味で 小中の担任が生徒の特性や状況に関して共有するとかそういう話だ。(同じことに対して繰り返し褒めて(認めて)という意味での"継続"も良いが、さらなる活躍の場を広げていけるような連携が進めば良いのになぁと思っている。)
先生以外の(言葉をかけてくれる)存在もきっと重要だろうね。



もう1つ例としてあげられていたものが題名に関係している。
それはセルフ・ハンディキャッピングだ。これは自己価値動機(良い自己イメージを作り、それを維持したいという動機)の維持の目的で現れる行動である。

その代表例が"努力したことをあえて隠す"、つまり
「全然テスト勉強していない」と、あえて友達に言うことである。
(→点数が悪かった時に備える。本当はきちんとテスト勉強もしたし、自信もある。)
他には、
「試験前日にあえてゲームをしたり漫画を読んだりする」、つまり失敗した時の言い訳となるような行動をとる、ということが挙げられる。
(→自分は本当はやればできるのに、あえてやらない。できるって思ったのにできていなかった時のことを考え、(ある意味で)逃げている。)

私の周りにも当然(?)「全然勉強してないや〜」と言う人たちはたくさんいた。自分もそう言っていた時期が少しあった。

解決策(原因を作らないようにする)こととして、"成績での人物評価が中心という雰囲気(=競争的な雰囲気)をクラスや学年で作らないようにする"ことが挙げられていた。


だがこれはどうなのだろう.....?良い自己イメージをつくり、維持したいという気持ちはよく分かる。
でもそれの原因は「成績で評価されるという雰囲気」なのだろうか?もちろんこのことは原因の一端を担っているとは思うが、"真の原因"はうまく言えないけどこれではないような気がしている。

例えば自分が考える原因を少し挙げてみる。
・良いイメージを保てなければクラス内でのいわゆるカーストの位置が低くなり、生活しづらくなるということ。
・勉強ができる、という良いイメージを保たなければいけない空気(環境)が家庭内に濃厚であるということ。
・「勉強していない」と言いつつ毎回良い点数を取り、周りに自慢できることにある種の開放感(快感?)を覚えていること。
・「勉強ができるかどうか」が 自分で自身の存在を肯定的に認めるために重要であること。(他者からのイメージがどうとかいうよりは、自分の価値を守るための1つの手段が「勉強」)
とかね。



この授業は来週に続くので、このnoteはここで終わりだ。

今回は「学習不振」になる原因について「動機づけ」という観点から考える話だった。

終わり。