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[1分小説] 上野にて、愛の……

「上野、上野に到着です」の車内アナウンスで山手線を降りると、エリナ・・・は軽い足取りで不忍しのばず改札へ向かった。
海外からの観光客で混雑する駅前を通り抜け、彼女はアメ横と並行する幹線通り沿いの道を歩いていく。

さて――

ヨドバシカメラの前を通過して短い横断歩道を渡る途中、エリナは緩く巻かれたロングヘアーの髪を優雅に掻きあげた。
8cmヒールの足元が、カッカッ…とリズム良く響く。

今日の目的は決まっている――



「お姉さん、ヒマですか?」

きたっ。
ナイスタイミング。


「時間ならあるからさっ、」色っぽく振り向くと、そこで初めて見る男の顔にニコリと微笑みを飛ばす。「お兄さん、ちょっと付き合って♡」

そこで突然、エリナは左に曲折れた。
のきの左側に連なるのは、一軒の店。
「え? ちょっと、待っ……」

古風な暖簾のれん
ガラス張りのケースに和のスイーツ見本が並ぶ店先。

そこは、甘味屋の『あんみつ みはし』である。


いらっしゃいませ、の明るく朗らかな声に出迎えられると「二人です」と彼女は告げた。

言うが早いか、瞬間くるりと振り向き、「お会計はキミね♡」と男に言うのも忘れなかった。



「奥の広いお席へどうぞ」

言われるままにエリナは中へと進む。男も「あの、ちょっと…」と戸惑いながらついてくる。

「ご来店ありがとうございます。温かいお茶でございます」

店員が慣れた手つきでテーブルに湯呑みを2つ置いた。

お決まりになりましたら…の声を笑顔で遮ると、エリナは言った。
「『田舎しるこ』2つください」

「えぇ!?ちょ、ちょっと待ってよ……」
ギロリ、と彼女は対面に座る男を睨み付けた。

「あのねぇキミ、人の時間を簡単に奪おうなんて考えが甘いのよ。いつもこんなことしてるわけ?」

変な女を捕まえてしまった…、と眉間にシワを寄せる男の顔を見て、エリナはしめしめと思う。



「キミ、名前なんて言うの?」
私はエリナ、と先に告げる。
"名を聞くなら先に名乗れ" が彼女のルールだった。

「タ、タカシですけど……」
タカシ君ね。と、あらためて金髪アタマの青年を眺めると、問いかけた。

「もうどれくらいの期間ナンパしてるの?」
「半年くらいっすけど……」
「そう、まだデビューして日が浅いのね」

お茶をすすって一息つき、彼女は続けて訊いた。
「成果は?女の子、釣れてる?」

何を言い出すんだこの女は…、という迷惑そうな困惑の表情を浮かべる男を無視して、エリナはひとり喋る。

「どうせ片手で数えられるくらいしか成功してないでしょ?ね、ついでに、なんでナンパしてるかも当ててあげよっか?」
胸の前で組んでいた腕をほどき、少し身を乗り出して男の方へ顔を寄せる。

「自分に自信がないから試してるんでしょ?」

男はあからさまにギクリ、と身を固める。
その姿を一瞥すると、エリナは話を先に進めた。

「ナンパなんかしてても、いいことないぞっ!
……っていうのは、私自身がさんざん男を引っ掛けてきたから言えるんだけど――」

その瞬間、え? と、金髪アタマが彼女の顔をまじまじと見た。



「逆ナンってわけじゃないけどさ、男の人に色恋仕掛けて、いっぱいお金もらってきたの私」
男と目を合わせたままエリナは続ける。
「でも、これじゃ私の人生いつか詰むなと思ったから、キッパリやめたの」

いつまでも他人に頼って生きるのもイヤだし――。
そう言いながら、視線を逸らし右手でクルクルと髪をいじった。

「異性に刺激と生き甲斐を求めるのは楽しいし、簡単だけど、」
男に顔を向け直すと、エリナは淡々と言った。

「"性" に救いを求めてる限り、必ず終わりは来るからね。人生、ムダに使ったな、って思わずに済む選択をしなよ」




言い終わると同時に、厨房から店員が出てきて
「お待たせいたしました。『田舎しるこ』でございます」と、トン、トン、と2つのお椀を置いた。

男は居心地悪そうに「オレ、しるこなんか好きじゃないんすけど」とこぼし、ついでに「今日30度あるのに……」と真っ当な意見を独りごちた。

「いいから付き合いなさいよ!おしるこ嫌いなら、口直しの漬け物でも食べてなさい」

しかし、渋々しるこを口にした男は「あ、意外と甘くない 」と感想をもらすと、箸を進めた。


その様子を見て、エリナは嬉しそうに微笑む。

「でしょ?ここのおしるこは素材もいいし、ペロリといけちゃうの」
そして小豆餡あずきあんの中に沈む餅に箸を入れながら、言った。
「タカシ君も、女の尻ばっか追いかけて腕試ししてないで、自分自身がいい素材になりなよ」

……ウッス、とここにきて妙に素直になった男は、お椀から餅を伸ばしながらアゴで頷いた。

「じゃ、"愛の説教" おしまい!ここのお会計はよろしくね♡」

え、もう食べ終わったんすか? と言いたげな顔を残して、エリナは後ろ姿に「ごちそうさま」と言いながら店を後にした。


彼女の愛の説教は、まだまだ続く……。




※本文挿入画像は、上野公園前 あんみつ みはし の公式サイトより部分引用させていただきました。



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