人形の一生

脳みそを逆さに振っても
何も出てこない記憶は
日々私が再現している
日常は古い物語を
鮮明に私に伝える為に
繰り返される
その残酷な物語は
眼球と鼓膜と皮膚から入って
血肉に刻みつけられ
私が確かに生きてきたという
紛れもなく動いて生きてきたという
証拠になってしまった

私を手懐けた飼い主は
人形の顔で暮らす私に
満足していた
人形もいつかは
心を持つようになるのだろうか

人形を手懐けた飼い主はほくそ笑む
放り投げたら投げ出されたまま
拾われるまで横たわる
飼い主の気まぐれで
冬でも半袖のまま
腕の色はこんな色じゃ駄目だと
マジックで塗られた
全ては飼い主の思い通りに
作り上げられてゆく
いつしか薄汚れてきた人形は
飼い主の怒りに触れ
狭くて暗い箱の中に
押し込められて忘れられた
長い長い月日が流れ
人形が暗い箱に慣れきっていた頃
突然の衝撃は
誰かがつまづいたから
小さな箱が勢い良く
転がってゆく先には
パタリと開いた蓋を
横向きに倒れながら
眺める人形がいた
眩しい光などいらない
閉じられない瞳には
光など突き刺さる矢
同然なのだから
さぁこれを誰が拾い上げ
分別ゴミに出すのでしょうか
捨てるにも手間のかかる物には
誰も手を触れたくはないでしょう

哀しみを表現できない人形は
静かな狂気を漂わせ
そっと足を曲げる
人形には心が無かったけれど
見たり聞いたりした全てを
コピーしていた
その全てをそっくり真似して
暮らし始めた人形は
何故か憂鬱で
やっぱり箱の中が
一番安心して
横たわれる場所だった

千年後その人形は
世の中に発見され
箱の中で奇跡的に
原型をとどめていたことから
ある学者がその謎を知りたくて
辿り始めた歴史
そして驚愕な事実を知る
人形のはずのそれは
実は生身の人間だったと

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