めがねたまご

通常は海外ドラマや映画のブログを細々と書いています。(https://www.meganetamago.com/) 2021年夏東京オリンピック直前に田舎の母が急逝。 ブログにはどうしても書けなかった毒親&貧乏&長女の赤裸々すぎる看取り体験記。

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通常は海外ドラマや映画のブログを細々と書いています。(https://www.meganetamago.com/) 2021年夏東京オリンピック直前に田舎の母が急逝。 ブログにはどうしても書けなかった毒親&貧乏&長女の赤裸々すぎる看取り体験記。

    最近の記事

    『母が死んだ。』はひとまず終わりです。ありがとうございました。

    母危篤の連絡を受けてから故郷に帰り、母の葬儀をすませ家に戻るまでの1週間の記録を「母が死んだ。」と題して書かせていただいたシリーズは一区切りです。 途中、無料記事を二つ挟ませていただきましたが、それ以外はかなり個人的な内容のためほぼ有料記事にさせていただいていたにもかかわらず、思っていたよりもたくさんの方に読んでいただきました。 全ての記事をご購入いただいて読んで頂いている方も数名いらっしゃって感謝の言葉しかありません。 ありがとうございました。 賛否両論ある【親ガチ

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      • 母が死んだ。~七夜目 帰還~

        母が倒れた連絡を受けてからちょうどまるまる1週間を経ての朝だった。 【帰還】という言葉には、遠方から帰ってくるという意味のほかに「戦場などから、基地・故郷などに帰る」という意味があるらしい。 ここは、まさに「帰還する」という言葉にふさわしい戦場だったと思う。 ハードなことが多かった人生の中でも、最もつらくしんどい1週間だったが、このかび臭く湿ったじゅうたんが敷かれた暑い部屋に寝るのも終わりだ。

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        • 母が死んだ。 ~六夜目 テトラポットで海を~

          こちらに帰ってきてからはじめての少し涼しい朝だった。 せめて昨日涼しかったら嬉しかったのに、わたしの人生はいつもこんな感じで過ぎていく。 昨夜、父に怒りを爆発させてしまったが、そのことを深く考えている時間的猶予はなかった。 明日、飛行機に乗って家に帰る。 すったもんだして組み立てて飾りつけた祭壇が、一晩あけたら昨夜よりも立派に見えた。 一心不乱に片づけた場所に綺麗に収まっているし、お供えもお花もそれらの配置も何もかも完璧に思える。 お線香をつけるととたんに部屋が暑

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          • 【Netflix】『セックス・エデュケーション』多様性に振り切った青春ドラマに出てくる大人たちのことを考える(後編)

            前回の記事でテレビNetflixのテレビCMでも紹介されているイギリスドラマ『セックス・エデュケーション』のご紹介をさせていただきました。 今回は、予告させていただいた通り『セックス・エデュケーション』に登場する大人たちについて書かせていただきたいと思います。 基本的に物語の主軸は高校生の成長物語なので、出てくる大人は登場人物の保護者と学校の先生ですが下記人物紹介にはわたしの主観も入っています。 主なわたしが気になるメイン大人たちは以下(ネタバレします) ・ジーン

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            【Netflix】『セックス・エデュケーション』多様性に振り切った青春ドラマに出てくる大人たちのことを考える(前編)

            海外ドラマの記事なので、本当は本家の海外ドラマブログ(https://www.meganetamago.com/)で書きたかったのですが、こちらのサイトはものすごく苦労してGo×gle認証を取得したいきさつというのががありまして。 そして、向こうのサイトではちょっとでも性的なことを匂わせるとアカウントがBANされてしまうという悲劇がおきます。わたしが見た中で一番理不尽だったのは、カブトムシの繁殖のことを真面目に書いた記事でした。 上記海外ドラマブログでは記事数があと少しで

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            母が死んだ。~五夜目 純白の布~

            母の死亡宣告からまだ24時間経過していないまま朝を迎える。 今朝もまたかなり暑い。 そういえば、死亡宣告を医師から受けるのは初めての経験だったと思った。 ドラマでは活舌のいい見目のよい俳優さんが医者を演じ「〇月×日午後△時××分 ご臨終です」とこぎれいな病室で家族に告げ、家族がワーッとベッドに駆け寄って泣くというシーンが多い。実際のところは医者も人間だし家族の前でそんなことハッキリは言いたくないんだと感じた。実際考えてみると、古い病院のなんの装飾もない薄暗い狭い個室でそ

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            母が死んだ。~四夜目 純白とブルー~

            母が倒れた連絡を受けた朝から数えて5回目の朝だった。 夜中、病院からはなんの連絡もなかった。 眠れないのも限界だったし、また暑い一日が始まると思うと憂鬱だった。 銀行の開店時間に合わせて病院の近くの銀行に向かう。 父は手持ちの現金がないことに焦っており、そわそわしながら銀行に向かった。 車の中は冷房が効いていて快適だったので移動中は体を休めることができた。 家族全員それぞれが自分のこれからの生活のことを考え始めていた。 父ですら、仕事をこのまま休み続けるのはしん

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            母が死んだ。~三夜目 置かれた場所で咲けていたなら~

            母が倒れた連絡を受けてから四日目の朝だった。 暑さと不眠と掃除と片付けの日々がいつまで続くのだろうか。 この日も朝四時ごろから起きていた。 早朝からすでに暑くて気持ちをげんなりさせた。 この日の記憶はあまりないが、午前中と夕方に二度病院に行った。 何故2回も病院に行ったのか。 そうだ、親戚が病院に来るから、と連絡が来たからだった。 家族の疲れもピークだった。 病室で会った母は、日に日に穏やかな顔になっており本当にただ安らかに眠っているようで、いい夢でも見ている

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            わたしの心を救った【死に関わるお仕事】の人たち

            『血は水よりも濃い』。 成分的、科学的にはそうなのかもしれないがわたしにとってのこの言葉はことわざなんかではなく、事実を述べただけの言葉にすぎない。 身内の死という人生の一大事に立ち向かうさなか、コロナ禍で一人故郷に帰ったわたしの大変さに比較的寄り添ってくれたのは、母が遺した血縁である父でも弟でも血の繋がった親戚でもなく、血の繋がらない義理の叔母ただ一人だけだった。 「今回は大変だったね、何か手伝えることがあったら言ってね」 などという優しい言葉をかけてくれる人が『遠

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            母が死んだ。 ~父のこと~

            今回のことがあって、生まれて初めてこんなに長い時間父と話した。 実家に電話をして父が電話口に出ても秒で母に代わりたがったし、子供のころに父と過ごした記憶は一切なく遺影探しのためアルバムをいくつも見た。何冊見てもいわゆる家族写真と世間でいわれるものは一枚もなかったことに改めて衝撃を受けていたりした。 家族全員で写っている写真は本当にただの一枚もなかった。 かろうじて父とわたしが写っていたといえる写真は、わたしが母のお腹に入っているときに父と母が二人で写っているものだけであ

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            母が死んだ。~二夜目 契約という欲~

            夜はほとんど眠れなかった。 泊まれる部屋はあることにはあったが1階の普段使用していない、なんとなくカビくさい部屋だった。 慣れない寝具。 熱帯夜。 エアコンから吹き出す、体を芯から冷やす乾いた風が恋しい。 そして同じく眠れない父が二階をうろうろしていて、そのたびに病院からの呼び出しかと思ってビクッとした。 タブレットに色々ダウンロードしてきていたけれどとても見る気にはなれなかった。 わたしはそれでも疲れていたので横になり目を閉じていたけど、目は冴えるばかりだ。

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            母が死んだ。 ー母とのこと②ー

            これだけたくさんの人が世の中にいるなかで、 「あんたは失敗作だ」 と実母に言われた経験のある人はどれだけいるのだろう。 そんな身の上のわたしが、今際の際だからと母から今までの感謝の思いを告げられたり、さらには涙ながらに過去のことを謝られでもしたりしていたら、わたしはどうしただろうか。 その場では泣きながら「わたしこそごめんね」と答えたかもしれない。 そんなことをしていたら、今頃は、それでも過去をなかったことにできない自分に、おそらくもっと精神的に追い詰められていた。

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            直葬で母を見送りました。 ー地獄の沙汰も金次第ー

            母を、いわゆる最近流行り(?)の直葬で送りました。 今までの人生で葬儀に参加することはもちろんありましたが、主導することはなかったため色々と勉強になりました。 それは、もう本当に。 まわりの大人がだれも助けてくれず、何もわからないまま頑張りました。 今回の経験で、これから周囲の人が身内の死に見舞われたときに少しは手助けになれます。 母は、享年60代半ばと年齢は比較的若めではありましたが、交友関係も少なくコロナ禍というご時世、そして本人が本音かどうかはわかりませんが「

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            母が死んだ。~一夜目~ 実家の断捨離始め

            この記事の続きです。 母危篤の知らせを受けてからほぼ不眠のまま、翌日母の変わり果てた姿と対面した。 母は呼吸はしていて心臓は動いているが、目を覚ますことはなさそうだった。 今にも死にそうな母のことよりも「次の一手を考えろ」と誰かに急き立てられてるような気持ちと、長かった1日に心身ともに疲弊した自分とがせめぎあっていた。 その日の行動もあまり記憶になく、食事をまともにとったかどうかも記憶にない。 母が食べようと買っていたコンビニのサラダ冷やし麺を、賞味期限が切れるから

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            母が死んだ。 ー母とのことー

            母は写真が嫌いな人だった。 写真では絶対笑わないし、すごくぶすくれた写真しかないので遺影に困った。 ちなみに一般的な遺影のサイズで遺影を頼むと良心的な葬儀屋さんでも3万円だった。 「後々のこと考えると、小さいほうがいいし充分だよね」 と、理由付けてオプションで5000円の写真作成をオーダーした。 お金があれば3万円にしたかもしれないけど、5000円サイズが身の丈だった。 その写真データを選ぶのに一番最近父と旅行した時にとった写真がスマホにあるというので見せてもらっ

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            母が死んだ。

            田舎の母がちょうど60代の折り返し地点で死んだ。 親のおかげで比較的ハードな人生だと思っていたが、一連の出来事は今までで一番の、気を失うほどの過酷体験だった。 人は望むと望まざるとにかかわらず必ず親がいる。 その親との別れも千差万別で、正解もなければ間違いもない。 だから、これがわたしのわたしの人生においての母との別れで、これ以外はなかったんだと思う。 もっと感動的で人に涙ながらに話せる別れがよかったけれど、それを望むのは身の丈に合わない人生で望みすぎなんだろう。

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