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母が死んだ。

田舎の母がちょうど60代の折り返し地点で死んだ。

親のおかげで比較的ハードな人生だと思っていたが、一連の出来事は今までで一番の、気を失うほどの過酷体験だった。

人は望むと望まざるとにかかわらず必ず親がいる。

その親との別れも千差万別で、正解もなければ間違いもない。

だから、これがわたしのわたしの人生においての母との別れで、これ以外はなかったんだと思う。

もっと感動的で人に涙ながらに話せる別れがよかったけれど、それを望むのは身の丈に合わない人生で望みすぎなんだろう。

運命というのは残酷だ。

たぶんわたしは前世で相当何かをやらかしたツケを今世で払わされているとでも思わなければやっていけないような人生だし実際思っている節はある。

しかし、残念ながら輪廻転生は信じていないので不条理と不公平を噛みしめるだけの日々である。

そして、実母の死という一生に一度しかない経験をしてありとあらゆる感情が沸き起こった。

感情的な部分だけではなく、社会生活においての文字通り命をかけたサバイバル体験でもあった。

そして、今のありのままの気持ちや体験をこれから徐々に何かに書いていきたいと思った。

たぶん誰かの役に立つ話もある。

そうは思ったけどそもそも疲れていて頭が働かない。

何度もチャレンジしようと思ったが、あんなに生活の時間を費やしていたtwitterでもつぶやけなかった。

呟き方がわからない。

本当は個別にお知らせしたい人も居て、でも誰に言っていいのか、こんなこと伝えてもいいのかどうかも初めてのことでわからなかった。

次は、ブログにポツポツ書いていこうかと思った。

それも、あまりにカラーが違いすぎてとてもじゃないけど本家のブログに書けないと断念した。

そもそも頭が飽和状態ということで分けて書いていくことに決めたが、本家のブログにはいつ戻れるのか今の段階では予想もつかない。

そして、今回の話にはかなり個人的でプライベートすぎてだいたいは人に話さない隠しておく話を交えるつもりなので、そういう部分は有料にすることにした。

有料というハードルを掲げることで身バレもある程度は防げると思う。

ここまでで、ざっくりしたご報告はすんだと思う。

ここからは、今回の体験や自分の気持ちや今までの人生を記事ごとに少しずつ振り返っていくつもりだ。

記事の内容によっては無料記事にしたいとも思っている。

これからわたしが書いていくことは、貧乏で虐待まがいの子育てをする両親のもとで育ち、成人後は特に母との折り合いが悪かった地方生まれで長子で女という人間がコロナ禍のなか地元で母親のお骨を拾う体験記です。

人としてどうなの、っていう人でなしなこともかなり思ったので、親との関係が良好な方は読まない方が賢明な記事となっています。

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