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#ひとり暮らしのエピソードマガジン

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『はじめてのひとり暮らし安心ガイド』の発売にあわせて、みなさまんが書いてくださった #ひとり暮らしのエピソード をマガジンにまとめました。 お部屋探しから引っ越し、暮らしのあれこ…
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2022年3月の記事一覧

ひとり暮らしをして初めて気づく「買わないと、ないもの」

実家というところには、なんでもある。 もちろんいろんな家庭環境があり、賛否両論のある話題だとは承知しているが、少なくともわたしの実家はそうだ。特に、祖父母同居の三世代暮らしだったこともあり、古いものやら便利グッズやらが、家の中にわんさか置かれていた。 だから、ひとり暮らしをすることになったとき、「物のない暮らしになるんだろうな~(実家比)」と考えたのは、必然だ。 祖父しか使わない酒器(日本酒用のもの)はわたしには必要ないので持ち出さないし、祖母のように園芸の趣味もないから

「頑張ったんだから、いいんだ」と言い聞かせて家を出たあの日。

私がひとり暮らしを始めたのは、26歳の秋だった。 大学を卒業後、塾の講師をしながらフリーライターになり、1年経って、ようやく仕事がうまくまわり始めていた。 お金の心配がなくなると、私はすぐに家を出ることにした。 子供の頃から、実家を出て「自分の家」を持つことが夢だったからだ。もちろん最初は賃貸でいい。だけど、そこは自分が愛情をそそげるものだけで固めた、私だけの城にする。そう決めていた。 ひとり暮らしをしたいと両親に告げると、父はあまり良い顔をしなかったが、母は賛成してくれ

25歳初心者のひとり暮らしの楽しみ方

ひとり暮らしを始めて、ちょうど1年になりました。始めは家を転がり出るようにスタートしたけれど、思いの外充実しています。うん、楽しい。これは楽しいぞ、ひとり暮らし。 楽しいひとり暮らしのコツを、25歳のひとり暮らし初心者目線で書いておきます。これを見返したら、数年後の自分には笑われたり褒められたりするかもしれません。 でも、生活なんて可変なものです(と言い訳。)今ごきげんに過ごせている6畳半の我が家のくらしをご紹介します。 家事にこだわらない こだわらないことにこだわっ

段ボール箱に詰め込んだ涙

「何詰めてるの?」 「うぅん、えーと、割り箸とかお茶碗とかそんな感じ」 「えぇ、そんなのいらないよ」 「そぉ?」 振り返る妻の目には、今にも溢れそうなくらい涙が溜まっている。 もうすぐ息子が巣立ってしまうからなのか。 大学院進学を機に住み慣れた自宅を出ることになった。大学までは自宅からでも十分通える距離なのですが、自立したいと言う本人の意志を受け止め、応援することにしたのです。 どれどれっと段ボールの中を覗き込むと、なるほど、栓抜きやらマグカップやら、どうでも良い品物ば

シチュー皿が割れた日

 この記事はメディアパルさんのお題企画、「#ひとり暮らしのエピソード」に参加するために書きました。  7人家族で育った。祖父母と両親、妹ふたり。家に帰れば必ず誰かしらがいて、例え短時間でもひとりきりになったことは無かったように思う。食事も団らんも大人数。とにかく賑やかだった。  そんな環境で育った私がひとり暮らしを始めたのは18歳の時。大学進学を機に学校の近くに引っ越すことになったからだ。  私は中学生の頃から、早くひとりで暮らしたいと思っていた。誰からの干渉も

アラフィフ 家を出た【企画参加】

あと2年で50才になるというのに私は家を出ることにした 離婚を視野に入れた別居だった 当時住んでいたマンションは私が探して住み始めた場所だから出ていってほしいと夫に言ったが、嫌だと言われたので私は住むところを探すことにした 仕事が忙しくなかなか家探しが出来ない私の代わりに娘達が探してくれた 条件 ① 1階であること 歳を重ねることと孫達が跳び跳ねても良いように ② 2DK以上あること 子ども達が泊まれるように ③ モニター付きインター

たった1年だけ一人暮らしをしたときのこと

一人暮らしのこと書いてみようかなと 記憶を辿ってみたら という事実に気付きました。 なんだかびっくり。 遡れば30年くらい前のことです。 時は春、 当時女子の多くは 高校卒業後の進路には 四年生大学ではなく 2年間の短大を選んだものです。 私も御多分に洩れず 短大進学、東京で新生活、を 選んだのでした。 ちなみに、 その後親元に戻って就職。 というのがよくあるパターンでした。 今では考えられませんが、 金融機関の新卒採用は 親元から通うというのが 採用のポイントでした

ひとり暮らしで、親離れを自覚し始めた息子~自分の若い頃も思い出す~

 息子がひとり暮らしに慣れてしまって、親といるのが窮屈になってきているようだ。  息子の気持ちを聞いて話し合うまでに、ちょっと心配なことがあった。何故そうなったのか詰問にならないよう、一つ一つ言いたいことを紐解いていくうち、少しずつわかってきた。  今のこのご時世だから心配だったのや、そのせいでアルバイトもせず一人でいてもと、夫も私も気にして帰省の日にちを決めていた。  でも今回の実家の長期滞在は窮屈で息苦しい。  こちらの気持ちを気遣いながら言いにくそうに口から出てくる

「私だけの城」で暮らした3年間

たった3年だったのかぁ。 私が一人暮らしをしていたのは。 それにしても、濃くて、尊い時間だったな、 と思い返す。 社会人1年目で上京して、 会社が借り上げたマンションの一室で住むことになった。千葉県の端で、東京にアクセスのよいベッドタウンだった。 部屋は1k。 新築。風呂トイレは別。 ベッドとコタツを置いたら、あとは通路しかないという狭さだったけれど、十分だった。 (これ以上広いと、寂しくて、眠れなかったかもしれない) 何を食べてもいい。 いつお風呂に入ってもいい。 い

#132 ひとり暮らしをしたあの部屋にまつわる思い出

若いころ、看護師という職業柄か学生時代そして社会人になっても、寮というありがたいものがあった。 私の一人暮らしは社会人一年目、ぎりぎり敷金礼金が貯まった時に迷わず始まった。 もちろん、寮という選択があったことを『ありがたいことだった』と感じたのはもっと大人になってからのことだ。あの頃は早く寮を飛び出したい思いしかなかった。 そう、あの全員が同じ玄関を通る、門限のある場所。 外泊する時は赤い札を掛けて出る。 気が変わったら、門限までに必ず電話を入れて誰かに札を掛け直すお願いを

たのしい ひとりぐらし

胸を躍らせながらコートを羽織り、家を出る。 「深夜にコンビニに行くなんて、  悪いことをしている気分!大人になったんだなぁ」 そうご機嫌なわたしの声を聞き、 電話の向こうの友人は何だそりゃ、と笑い飛ばした。 ◇ ひとりで暮らすわたしの休日の朝は、遅い。 昼過ぎまでしっかり眠り、亀のようにのそっと動き出す。 大体ぼーっとしながら朝ごはんを食べるのだけれど、 たまーに、朝ごはんから楽しむ気分の日もある。 顔を洗って、着替えて、そのまま車に乗ってパン屋さんへ。 ひとり暮らしは