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ひとり暮らしで、親離れを自覚し始めた息子~自分の若い頃も思い出す~

 息子がひとり暮らしに慣れてしまって、親といるのが窮屈になってきているようだ。

 息子の気持ちを聞いて話し合うまでに、ちょっと心配なことがあった。何故そうなったのか詰問にならないよう、一つ一つ言いたいことを紐解いていくうち、少しずつわかってきた。

 今のこのご時世だから心配だったのや、そのせいでアルバイトもせず一人でいてもと、夫も私も気にして帰省の日にちを決めていた。
 でも今回の実家の長期滞在は窮屈で息苦しい。
 こちらの気持ちを気遣いながら言いにくそうに口から出てくる言葉は、結局そういうことだった。

 最初は「そう。好きにしたらいいわ」と言ってその場を離れてしまった。だって寂しさだけではない、自分の子育てにダメ出しされているような気持ち。親は何とか子供に、その子らしい成長を遂げてほしいってずっとずっと頑張ってきたんだもの。その日は一日中泣いた。
 ちょっと前に、「個性」の概念について息子の捉え方が違うと知って衝撃を受けたところ。自分が大切に思って積み上げてきたものや大事に感じている「個性」や「言葉」について、息子は負担に感じている。

 でもね。親って子供の言葉で泣いたり傷ついたりしたって、ちょっとしたらすぐ立ち直れるんだよ。
 子供の側だと、親にそんな言葉投げかけられたら一生モノでしょ。
 親の側って大丈夫なんだ。だから子供が親に「傷つけないよう」「冷たい言葉を言わないよう」なんて、そんなに気を付けなくて良いし、ひどく申し訳なく思わなくても良い。親にはある程度、言いたいこと言わないと、お腹にたまってきちゃうからね。ずっと抱え続けないようにしてほしいんだ。子供の苦しい思いなんて全然受け止められるから。親は子供のことを嫌いになんかならないから。

 自分が大学生の頃を思い出していた。

 今も親しくしている友達が、当時ひとり暮らしをしていた。
 彼女の実家から2時間しないうちに大学に着くので、頑張れば通えなくはない。ただ実家では姉妹で同じ部屋だったし、中学や高校の頃には窮屈に感じていたのも知っていた。

 大学近くの下宿アパートは、女子専用。キッチン付きの和室だったけど、トイレもお風呂もちょっと離れた所で共用。トイレは幾つもあったけど、お風呂は予約で順番に入るようなシステム。住んでいる者同士の交流は特になかったようだ。
 そんなだから、部外者も気軽に泊まりに行けた。

 何度か遊びに行ったり泊まりに行ったりしては、お喋りを楽しんだ。

 それよりもう少しさかのぼると、思春期を超えたつもりの高校生の頃の私はカッコつけた理論ばっかり。理屈をこねて大人の仲間入りをしたくて仕方なかった。
 だから大学生になると、髪の毛を伸ばし、毎日着る服を自分で決め、アルバイトをし、彼氏ができて失恋し、キャンプのリーダーやって、お酒も飲むようになって。ますます子供の頃の私とは違う気分でいた。
 自分の意志で決断したい。

 そんな時に母の言葉がうっとうしくて仕方なかった。
 母は母で、同居している自分の両親に振り回され、ヴァイオリンの先生をやっていたのもあって基本的にバタバタ忙しく、私への口出しはそれほど多くなかったはず。
 なのに、うるさく感じた。
 「ああした方が良いんじゃない?」「ああしときなさいよ」「アナタのことはわかっているんだから」に、いつまでそんなこと言われるんだろう。失敗したらしたで良いじゃないのよ。私が決めること。といちいち苛立った。
 当時は祖母からもトゲのある視線や言葉を投げかけられることが多くてイヤな気分になったし、祖父の態度や言葉も負担。

 だから家とは違った世界に、空気を吸いに飛び出したくなるもので。やっぱりそんな風にしてひとり暮らしをしていた彼女の部屋で、語り合った。
 他の友人たちが一緒の時もあった。私たちは自分の家とは別の場所に集まって、この先の不安を漏らし、今あることを笑い、外の空気を吸って息抜きをする。


 それができなきゃ、そりゃ苛立ちもするよね。

 ここは田舎でなんにもないから。山の上だし交通手段もほとんどないに等しい。ちょっとフラっと遊びに出かけるとか、用事ついでに息抜きでどこかへ行くなんかもできない。
 大学生の頃や社会人になってからの私は、家も行き先も息苦しく感じたら、何もかも投げ出して喫茶店に入ってボンヤリしたものだった。

 「昔はタバコやお酒で一服、ベランダや庭に出て空気も吸えたのにな」息子ができてタバコをやめた夫もそんな風に言う。


 このご時世と体調の悪さとで、私も前までより積極的には外に出ない。部屋で閉じこもっている息子がリビングに出てくる度に、ついついあーだこーだと声をかけてしまう。ここに姿は見えなくても、あなたのことわかっているんだからと言わんばかりに聞こえてしまうのかもしれない。
 夜も自分が寝てから物音がすると、翌朝フザけながらであっても指摘してしまう。

 ほぼ無意識だったけど、思い返せば全部がうっとうしいはずだ。

 気付けなかった自分を反省した。

 互いの心の境界線は思春期を超えると、より必要になってくる。言葉だって何でもかんでもかけたら良いってもんじゃないんだ。

 きっと子供の側の方がそれを敏感にわかっている。
 それ故に自分で不安になっている。
 覚悟がちゃんとはできていないから。

 ひとり暮らし経験のある彼女に連絡を取り、息子の話を聞いてもらった。

 「親と一緒にいることが居心地悪い感じ。ひとり暮らしだと会えない時は寂しいのに、会うとイライラしたりして。親には失礼なことも言ったなあ。今振り返ると恥ずかしいわ」と彼女。

 そうだよね。ひとり暮らしって寂しいし大変だし、自由で楽しいんだ。

 ニュージャージーで友人と暮らしていた頃の自分も思い出す。念願のニュージャージー生活を手に入れたのに、寂しくて不安になって泣いてしまう夜は何度もあった。

 さらに結婚してしばらくの頃、両親の家に帰省した時に感じる窮屈さを思い出す。自分で作った生活のリズムや、夫といる時の気の使わなさがラクでね。

 確かにあの頃。
 自分で考える自由、失敗する自由、そこで自分で気付ける自由をくれと思っていた。

 久しぶりに会う息子は成長しているようで、自分を管理できていないから、私がつい口出ししてしまうんだよな。子供にとって親のそういうのって、すごく余計なお世話なんだ。自分で考えて、失敗して、気付くって大事だから。それは人に教わることじゃないから。ましてや親に言われるなんてうるさく感じて仕方ないだろう。

 「次回は、自分で帰省の日にちを決めたら良いよ。こんなに長く居なくて良いから」と息子に伝えた。
 最初は「僕は寂しい」と言っていた夫も納得してくれた。

 息子は精神的にも親離れを始めている。
 ひとり暮らしを始めたことで、私の大学生当時より自覚があるのかもしれない。
 自分に責任を持つことについても息子と話しながら、私も少しずつでも良いから子離れしないといけない、できていなかったんだなとしみじみ感じた。


 ここnoteで先輩お母さん方が、息子と子離れした時の思いについて書いていたとも思い出す。こういう場所ならではの貴重なお話だ。前までの私なら「へえ」くらいだったけど、最近つくづく先輩お母さん方の、お子さんとの話に含蓄があるように思う。
 「何度も繰り返すんですよ」と書かれていた方もいらして「確かに息子のことだからまた平気で甘えてくるんだろう」とは思う。実際話し合った後、甘えてもくる。
 全部、息子が決めたら良いんだ。甘えたかったら甘えたら良いし、それでもきっとそうやって行きつ戻りつ少しずつ離れていく。親がああしたらこうしたらと言わないでも大丈夫なんだ。


 自分の子育てを振り返らせてくれて、ありがたいよ。
 私は精一杯やったんだけどね、でも理想的な完ぺきな親でもないし。そんなのわかっていたけど、思わぬところで子供に言われちゃうんだな。

 これからもほど良い距離感でよろしくね、息子。

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 メディアパルさんの企画、二本目を書いてしまいました。
 子供のおかげで、自分を振り返る機会をたくさんもらっています。今回はここ数週間以内に考えた出来事でした。企画のために、文にしてみようと思えて良かったです。ありがとうございます。


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読んでいただいて、ありがとうございます! 心に残る記事をまた書きたいです。