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段ボール箱に詰め込んだ涙

「何詰めてるの?」
「うぅん、えーと、割り箸とかお茶碗とかそんな感じ」
「えぇ、そんなのいらないよ」
「そぉ?」


振り返る妻の目には、今にも溢れそうなくらい涙が溜まっている。
もうすぐ息子が巣立ってしまうからなのか。


大学院進学を機に住み慣れた自宅を出ることになった。大学までは自宅からでも十分通える距離なのですが、自立したいと言う本人の意志を受け止め、応援することにしたのです。


どれどれっと段ボールの中を覗き込むと、なるほど、栓抜きやらマグカップやら、どうでも良い品物ばかりが整然と詰め込まれている。よく見ると。ふりかけまでもが入っている。


「ふりかけ?」
「そうよ、大好物だからね、、、」
「もしかして泣いてる?」
「、、、そんなことないっ、今日は花粉が多いの、、、」


「ありがとうな、僕が単身赴任で居ない間、よく頑張って育ててくれたね」
「うん」



妻はそう言うと、もうこちらを振り向かなかった。
段ボールの上にポタポタと水滴が落ちるのが見えた。


「ところで、今日奴はどうしてるの」
「研究室かしら、、、いや今日は多分バイト」


妻は真っ赤な目で鼻を啜りながらそう答えた。
「なぁんだ、結局はどこにいるのか知らないんだね」
そう言ってお互い笑い合った。


息子が巣立つと決まった頃から、妻は隙間時間を見つけてはコツコツと荷造りをしている。リビングの脇には2つの段ボールが積み上げられているが、中身は凡そ見当がつく。大方、本人の好物が入っているのだろう。30年以上前、僕がひとり暮らしを始めた時もそうだったから。


積み上げられた荷物をぼんやり眺めながら、当時の御袋から届いた荷物と重ね合わせていました。野菜とか果物ばかりでぎっしり。どうしたら良いのかさっぱり分からない。そういえばハサミまで入っていたなぁ。



御袋の思いをこんな形で見ることになるとは。
今更ながら御袋の思いに感謝してしまうのです。


テキパキと自分で物件を見つけて来て、手際よくスマホを取り出し、水道、ガス、電気などの開栓手続きを済ませてしまったのだという。この辺りはオドオドしていた当時の僕とは随分違うようだ。ひとり暮らしの経験がない妻には、余計に信じられなく映った様子。


日曜日の昼下がり、僕は赴任先近くの公園でぼんやり過ごしている。興味本位で再開した趣味。安っぽいカメラで下手くそな写真を撮りながら歩く。


「緑の波を渡る花船」Canon EF 50mm f1.8 STM


「春の賑わい」Canon EF 50mm f1.8 STM




公園には家族連れが多く、子供たちが戯れる姿が愛おしい。キャッキャッと騒ぎ立てる楽しそうな声が、ビルの壁に反射してこだまする。実に幸せそうな三重奏だ。


あれからどれだけの月日が経ったのだろうか。
あの時蹴ったサッカーボールってまだあるのかなぁ。ふと、そんなことを思い出してしまいます。


ボール遊びをしている男の子を眺めていると、僕のスマホにLINEが届いた。息子からだった。


「無事に卒業できそうです。4年間ありがとうございました」
つづってある。今頃かよ。と小さく呟いた。


目の前を通り過ぎる自転車が滲んでよく見えない。
どうやら今日は花粉が多いようだな。


公園で遊ぶ子供たちの様子


最後まで読み進めて頂き、ありがとうございました。🌱



メディアパルさんの企画に寄せた三記事目。




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