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落選集

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残念ながら何かしらの選考に落ちた作品たち
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小説「沖田くるみと11人のスター」

小説「沖田くるみと11人のスター」

沖田宗四郎は十二人居た—

昭和の名優・沖田宗四郎(享年八十二)の孫で女優の沖田くるみが、衝撃の事実を発表。自身初主演となる映画『女神の結婚』の舞台挨拶にて、祖父・沖田宗四郎は実は十二人兄弟であり、役ごとに協力し演じ分けていたとのこと。所属事務所によると—

専属メイクの真由ちゃんが仕上げた化粧を、鏡の前で入念にチェックする。

「うん、大丈夫。今日もありがとう真由ちゃん」
「くるみさん頑張って。

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小説「夢見るくせっ毛ちゃん」

小説「夢見るくせっ毛ちゃん」

太郎の髪は細く飴色で、しかしその繊細な見た目からは想像も出来ないほど強いコシを持つ。くるりくるりと頭部から四方八方へと跳ね、その毛を伸ばす。赤子故にそれは太郎をたいへん可愛らしく見せ、大人はしきりにその薄毛頭を撫でたがった。

そんな幼少期だったため、髪は早くから自分が可愛いと認識していた。あちこち自由に飛び出し、全く太郎の言う事を聞かない髪へと成長してしまった。

髪はたいそう夢見がちでアニメな

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小説「女神の結婚」

小説「女神の結婚」

「ねぇ、その髪さ、和式でウンコする時どうしてんの」

サチの髪は長い。いや長いどころの話ではなく、おしりをすっぽりと隠すほど、それはそれはとんでもない長さである。サチには光輔という恋人がいて、ふたりは吹奏楽部。サチはピアノで、光輔はコントラバス。ふたりはどこへ行くのも一緒。

サチは寺の娘で、光輔の家は地元の名士。
サチの家の大檀家。

部活のない水曜日に、サチは音楽室でピアノを弾く。その隣で、サ

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小説「それ」

小説「それ」

我が家には僕が物心ついた時から「それ」が在った。

母の「それ」は、トランプのジョーカーのように僕の前にぶら下がり、僕はいつも「それ」を理由に色々なことを諦める必要があった。何かを讃える歌を歌うこと、色の付いたお菓子をたべること、具合が悪くて学校を休みたいという希望でさえも「それ」を理由に時に叶わなかった。成長するに従って、我が家の「それ」は一般的にはまるで普通ではなく、むしろ奇異なものであると知

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小説「神の子の親友」

小説「神の子の親友」

セカイがうちに来たのは僕が八歳、母さんが亡くなってすぐの頃だった。塞ぎ込む僕を見兼ねて父が貰ってきたと聞いた。

セカイは雄のラブラドールで、母さんの作るホワイトシチューみたいな、優しい色をしていた。

自宅裏の宮殿のような建物で、父はキョウソとして働いていた。そこにはシンジャさんと呼ばれるたくさんの大人が居て、僕は神の子と呼ばれていた。身の回りのことは全てシンジャさんがやってくれ、みな僕に優しか

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小説「噂舞う夕餉」

小説「噂舞う夕餉」

H社の内定が決まったと言うと両親は泣いて喜んだ。僕の内定の噂はたちまち大学と近所に飛散した。

噂は学校や会社なんかの人の多い場所に舞い、道端に溜まりやすい。突然現れて気付けば消えている。木の葉や砂と同じく、風が吹けば飛んでいく。噂は羽のような形をしている。透明で太陽に当たると虹色に光り、ふわりと口に入ると溶けて消える。これが世に言う「噂」の正体である。しかしその繊細な見た目からは想像も出来ないほ

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小説「走馬灯チャンネル」

小説「走馬灯チャンネル」

「山本君って鈍臭いよね」

三年先輩の島崎あかりさんが、社内で僕にだけ何かとつっかかってくることに、気付いてはいた。だけど、そろそろ我慢の限界かもしれないと、その日僕はバイクを走らせながら考えていた。

同僚に言わせれば、島崎さんは可愛い顔をしているらしい。だけど僕はちっとも好きになれない。厳しい仕事、他人に媚びないドライな性格、なのに不思議と社内では人気がある。そこも癪に触る。

突然、鹿が飛び

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小説「鈴木さんの働き方改革」

小説「鈴木さんの働き方改革」

鈴木さんはこの道数十年の大ベテランだ。
落ち窪んだ眼球、痩けた頬、蒼白の顔面、佇まいからは悲愴感が漂う。鈴木さんが何の気無しに辻に佇めば、そこは忽ちに心霊スポットとなる。見まごうことなき立派なオバケである。

大正から昭和の時代を生きた鈴木さんは、その根っからの実直な性格と器量の良さから、オバケになってからも良く働いた。あらゆることに気が付き、先回りしては何でもこなし、いつの間にやら閻魔大王様の右

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小説「沈む教室」

小説「沈む教室」

人生には二つの別れがあります。

自分の意思で決められる別れと、そうでない別れです。今日ここを卒業する皆さんは、これからの人生でそのどちらの別れと、何度も遭遇するでしょう。

友人や恋人、家族との別れ。
はたまた洋服や靴、家や環境との別れ。
別れの定義は様々です。生きている限り、別れは避けられない。何時如何なる時も私達は、それらを前向きに捉えなくてはなりません。

かくいう私も、たくさんの別れを経

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