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29歳、まだ、何者にでもなりたい(「あしたから出版社」を読んで)

抽象的な、明確答えのないグループディスカッションのテーマについて、
にこにこの笑顔を絶やさず、オーバーリアクションをしながらオンライン会議で自分より年下の子たちと議論を交わした。社会人8年目。その会社を新卒で受けられる最後の年だった。

通過した。4次選考は面接だった。

40分の長丁場の面接の冒頭、「今の会社の嫌な所を言って下さい」と、むずかしい顔をした40代後半から50代の男性面接官に言われた。いわゆる圧迫面接だった。

途中から、「何やってんだ?」という疑問が頭をもたげた。

なんで私、こんな思いして転職活動してんだ?

この会社で就くことができる仕事をしたいだけなのに。
違う何者か、になりたいだけなのに。

全然うまく答えられなくて、面接の部屋を出た時に「だめだったんだろうな」と思った。
2日後に届いた不採用を告げる選考結果のメールは、それまでの選考通過の時と違ってあまりに簡素なものだった。
「しばらく転職活動をお休みしよう」と思った。
どうやら、私は何者かになるのにスムーズにはいかないらしい。

本当は就職をしたかったのだ。みんなと一緒に机を並べ、残業なんかもこなして、たまに、同僚からのお土産が電話の横かなんかにちょこんと置いてあって、それで、「いいなあ、山田さんは北海道に行ったんですね」などと、となりの人と話したかったのだ。
(あしたから出版社、島田潤一郎、ちくま文庫、1ページ)

しみるなあ。一応、会社員生活をしている私だから、島田さんのこの思いを十分にわかるとは言えないのかもしれないけれど、
でも、何者か(私にとっては希望する職種)になれないわたし、というその事実にたった状態では、気持ちがわかる。
そしてこの本を通して、その生き方次第で何かを成し遂げられる、何者かになれるという事実に救われる。

この本は、そんな冒頭の島田さんが一人で出版社をたちあげ、素敵な本を世に送り出していく事実が描かれる。ただ事実を書いているのではなく、島田さんの本への思い、本を出版しようと思った背景が丁寧につづられていて、
島田さんの優しさにほっとする。島田さんの本って幸せだなあ。そして、その島田さんの本を手に入れた人も、幸せだなあ。

こんなこと、今までに何回も言われていることだろうけど、あえて言葉にすると
一つのもの(商品)が送り出される時に、いろいろな人の手を通っている。その時々で携わる人の思いが込められているものは沢山あるのだろうけれど、「誰かのために」とか「(手にとった人が)救われるように」という生産者からの思いが込められた商品は幸せだ。そして、それを受け取る人も幸せだ。そういう連鎖を生み出していければいいし、そういう生産者の顔が見れる商品もよいし、そういう選択ができる者でありたい。

まあ、ここでものすごく現実的に話をすると、
こだわればこだわるほど、思いを込めれば込めるほど、商品単価って高くなるから、そういう選択したい人が出来る人が購入できるように、
日本の賃金って上がればいいよねえ。日本の偉い人たち、構造的賃上げ、早くしてください。
もちろん、安いものを欲している人もいるし(私だって安いものを買う)それが必要なのだけれど、いろいろな意味で、人々が豊かになる購買行動を選択できる世の中であってほしい。

大学を卒業するとき、就職先は決まっていたけれど
「何になりたいのか」が全然よく分からなかった。

高校生の時に、医学部を志望して猛勉強をしている友達がいて、
すごいな、どうしてもうやりたいことが決まっているんだろう。と羨望の眼差しを彼女に向けていた。

大人になったら、何がしたいかわかってるんだろうと思ったけれど、
29歳。また「何になりたいんだろう」と考えている。
今の仕事も楽しいけれど、これでいいのかとか、他の仕事をしてみたいとか。
「●●になりたい」と明確な目標があれば、どれほど楽だったろうと思うし、
「何になりたいの」と、未だに学生時代と同じ悩みを抱えていることにちょっとぞっとしたりする。40代とかになったら、そんなことも考えないのかな。

伸びやかに生きていたい。
「あしたから出版社」。こうやって悶々と悩むわたしの気持ちを少し軽くしてくれる本。おすすめです。

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