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ミスチルが聴こえる(短編小説)

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Mr.Childrenの曲を聴いて浮かんだ小説を創作します。 ※歌詞の世界観をそのまま小説にするわけではありません。
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2022年7月の記事一覧

僕らの音(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

僕らの音(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 長雨は、様々な音を鳴らす。タッタとアスファルトを叩く音、シャララと草木に触れる音、ポツポツと水溜りに当たる音、トタン屋根に乗れば、パンパンって跳ねる音がする。そして、君がさしている黄色の傘からはプツプツと音がする。
 
 君はこの街全体が楽器になった気分で、思わず「ラララ」って言葉のない音を刻む。どこかで犬が吠える。蛙が鳴く。車のエンジン音が響く。おばあちゃんがクラップする。
 
 全ては雨が生

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潜水(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

潜水(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

「君の思考に潜水しようか」
「なんで?」
「なんとなくだよ」
 僕は君の小さな頭に触れて、目を瞑る。すると、広大な花畑に立つ二人の人間が見える。
「これは、素敵な光景だ」
「なんか、恥ずかしい」
 僕はもう少し鮮明に見たいから、しっかり掴んでピントを合わせる。二人は間違いなく僕と君。そして、よく見ると足元に小さな子供がいる。
「そうか、僕らは家族になるんだね」
「それが、私の欲望だから」
「そうか

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靴ひも(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

靴ひも(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 彼女が飛ぶまで三十秒。残り百メートル。
 僕の靴紐が解ける。
 僕は色々と過去の記憶を思い出す。彼女との日常。あらゆる情景や匂い、音。そして足。彼女が歩む足。どこかへ進む足。
「ヘヴンへ行きたいの」
 彼女が飛ぶまで二十五秒。残り百メートル。
 僕はどこへ行きたい? 彼女の元? それともヘヴン? 僕は屈んで、靴紐を直す。
 彼女が飛ぶまで二十秒。残り九十メートル。
 僕が描いている未来に、彼女は

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未来(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

未来(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

「未来行きタクシーなんてどうだろう。私は考えたけど、はっきり言って時間の無駄だった。だって、タクシーに乗って目的地へ着くまで時間は進み続けるんだから。つまりそれって、未来へ進んでいるってことだろう」
「そうですね」
「しかし時間というのは不思議なものだ。どうしてか、未来へしか進むことができない。過去には戻れない。これだけ科学が進歩していて、なんだって便利になっていく世の中なのに」
「うん」
「未来

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モンスター(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

モンスター(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 皮を剥がそう。その奥にいるのは、誰だ?

「またモンスターが現れやがった」
「六本木に神出鬼没したらしいな」
「やばいですねえ、白昼堂々人を殺しているらしいですよ」
「それも三人だって。しかも全員芸能人関係者。一人は有名な芸能プロダクションの社長さんだって。怖いわあ」
「しかし、これで何人目だ?」
「二十九人目ですね。全員に共通していることがあります。それは、『上級国民』であることです」

 私

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妄想満月(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

妄想満月(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 すなわち、僕らは朝の話をしている。ピカピカと光る太陽が日本を照らすなら、それは間違いなく朝であって、朝以外の何物でもない。オナガドリが元気に鳴き、子供たちが学校へ投稿する。お父さんらしき人がゴミを捨て、お爺さんが散歩をする。それは僕らにとって日常の一部であり、毎朝流れているラジオや、隣の家に届く新聞と同じように繰り返される出来事である。
 だから僕らは、いつまでも夜明けが来ないことを祈ったのだろ

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天頂バス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

天頂バス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

『天国行き』
「こんなところにバス停なんか無かったはずだ」
 栄治の言う通り、こんな田園が広がる田舎にポツンとバス停が立っていたら、さすがに知らないまま毎日を過ごすことはないだろう。
「無かった。絶対になかった」
「しかも、天国行きだって。乗ってみるか」
「死んだらどうする?」
 しかし、僕も彼も暇人だった。だから人生に対して大した期待もしていなかったのだ。
「大丈夫。俺は、ちょっとワクワクしてい

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くるみ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

くるみ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

 僕はたくさんのものを失ってきた。同時に、たくさんのものを手に入れてきた。
 僕から離れたもの、人。僕に寄ってきたもの、人。それらは全て、一本の糸で結ばれていて、長い線となってつながっている。昨日から今日、そして明日。僕の人生はその糸がはるか向こうまで延びている状態で、僕はその先を目指して歩いている。
「お前、足遅いな」
 誰かが言った悪口。
「もっと努力しないと、上手くならないぞ」
 誰かが言っ

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掌(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

掌(短編小説『ミスチルが聴こえる』)

「一つにならなくていいよ。認め合うことができるなら」
 壁掛けのポスターに書かれた、あいつの文字。それはかつて一緒になろうとした人間たちに対するアンチテーゼであり、真実そのものだった。
「あいつは良くも悪くも多様性に振り回された男だった」
 小さい頃からあいつの世話をしていたという老爺が、マッサージチェアに腰をかけながら、懐かしそうに言った。
「まあ、それが故に死んでしまったが」
「健人は悪くない

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言わせてみてえもんだ(短編小説『ミスチルが聴こえるか』)

言わせてみてえもんだ(短編小説『ミスチルが聴こえるか』)

 頑固なあの人は、毎度僕が助けに来てもお礼を言ってくれなかった。
「これで二十六回目。怪人も襲う人を変えればいいのに」
 僕は深いため息を吐き、あの人の背中を見つめながら夕暮れ時のチャイム音を聞いていた。

「ありがとう、お兄さん!」
 子供は素直でいい。倒れた怪人を踏みつけながら、僕は「どういたしまして」と言って警察を呼んだ。
 あの人も言ってくれたらいいのに。

「いつもいつも、娘がすみません

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