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掌(短編小説『ミスチルが聴こえる』)
「一つにならなくていいよ。認め合うことができるなら」
壁掛けのポスターに書かれた、あいつの文字。それはかつて一緒になろうとした人間たちに対するアンチテーゼであり、真実そのものだった。
「あいつは良くも悪くも多様性に振り回された男だった」
小さい頃からあいつの世話をしていたという老爺が、マッサージチェアに腰をかけながら、懐かしそうに言った。
「まあ、それが故に死んでしまったが」
「健人は悪くないですよ。悪いのは、多様性を認めなかった人間です」
端的に言えば、健人はゲイだった。そして彼は自分がゲイであることをオープンにすることで多様性を訴える活動家でもあった。
「だが、あいつは現実とは程遠いところでしか生きていなかったんだ」
老爺は心底悔しそうだった。僕も同じ気持ちだった。
「多様性を認めるということは、あいつの敵も認めることだ。つまり、同性愛者を嫌う人間も認めなければならない」
「だけど健人には健人の正義がありました。だからゲイであることを馬鹿にされたとき、いや、正確にはゲイである友人を馬鹿にされたとき、彼は怒ったんです」
「あいつは多様性を認めている一面、自分の考えにそぐわない人間に対する多様性を認めることができなかった。我々は、一つになることを望まないし、やはり認め合うことができた方がいい。だが、ときには分裂することも大事かもしれない。理解できない、分かり合えないことを分かり合う意識を持たないと、生きていくことができないのかもしれないな」
老爺は自分の掌を見て、「健人の生命線は、かなり短かったんだ」とぼんやりした声で言った。
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