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潜水(短編小説『ミスチルが聴こえる』)



「君の思考に潜水しようか」
「なんで?」
「なんとなくだよ」
 僕は君の小さな頭に触れて、目を瞑る。すると、広大な花畑に立つ二人の人間が見える。
「これは、素敵な光景だ」
「なんか、恥ずかしい」
 僕はもう少し鮮明に見たいから、しっかり掴んでピントを合わせる。二人は間違いなく僕と君。そして、よく見ると足元に小さな子供がいる。
「そうか、僕らは家族になるんだね」
「それが、私の欲望だから」
「そうか、そうか」
 花畑に、他の人はいない。聞こえてくるのは春の微風が吹く音と、草木が揺れるシャラララって音。匂いは甘く、頬は温かい。
「これは、夢みたいな世界だ」
「思考くらい、ファンタジーでいたいから」
「わかるよ。それは僕も同じだから」
 潜水先の僕らは、花畑を歩き続けてどこかへ向かっている。二人は子供の手をつなぎ、楽しそうにしている。
「どこ行くんだろう?」
「おそらくだけど、二人が一番好きな場所かな」
「それって、もしかして」
 行き着いた先は、海だった。僕と君と二人の愛の結晶は、そのまま海に入る。そして海底へと『潜水』していくのだ。
「溺れてしまわないの?」
「大丈夫、ここは思考の中だから」
「ああ、それもそうか」
 海の中ではたくさんの生物が泳ぎ、揺れ、みんな息をしていた。僕らもまた、息をしていた。
「これは、素晴らしいね」
「私は海が好きなんだ。だから、こういう景色ばかり妄想しているの」
「良いと思うよ。僕も好きだ、この景色」
 そして、僕らは一匹の海亀と出会う。海亀は「ハレルヤ」と言って僕らを祝福した。
「なんだか、生きているって感じ」
「生きているんだよ、私たちは」
「ねえ、僕たち結婚しないか?」
「うん」
「そして子供を作って、一緒にダイビングをしよう。一緒に潜水しよう」
 君は笑った。だから僕も笑うことができた。

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