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天頂バス(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




『天国行き』
「こんなところにバス停なんか無かったはずだ」
 栄治の言う通り、こんな田園が広がる田舎にポツンとバス停が立っていたら、さすがに知らないまま毎日を過ごすことはないだろう。
「無かった。絶対になかった」
「しかも、天国行きだって。乗ってみるか」
「死んだらどうする?」
 しかし、僕も彼も暇人だった。だから人生に対して大した期待もしていなかったのだ。
「大丈夫。俺は、ちょっとワクワクしているくらいだ」
「僕も同じだよ」
 しかし、肝心のバスは来るだろうか。時刻表を見ようとしたとき、バスは来た。
「虹色」
「すげえな。こいつは驚いた」
 俺たちはバスに乗った。すると、バスは大きなエンジン音を鳴らして走り出し、まるで飛行機みたいにタイヤをしまい、離陸した。
「おいおい、空飛んでるぞ!」
「これは、本当に天国へ行けるかもね」
 しかし、僕も彼も突然意識が遠くなった。僕はもっと空の上の景色を見ていたかったのに。この非日常を楽しんでいたのに。


「ぬるい人生でいいのか?」
 耳元で、いや、僕の脳内で声が聞こえる。悟るような低音ボイスがダイレクトに突き刺さる。
「お前、もっと欲望を持て」
「だけど、僕はそれほどこの世界に期待していないんだ。だから欲望を持つことなんて」
「お前が世界を変えたらいい。いくらでも、景色は変えられるぞ。掴みにいけよ、お前が欲しいものを」
「僕が欲しいもの、か」


 目が覚めると、僕も彼も先ほどのバス停の前に立っていた。しかし、バス停はすでに存在していなかった。
「なんだったんだろう」
「なあ、俺は決めたぞ」
「何を?」
「俺は、夢を追う。声優になりたいってめっちゃ可能性の少ない夢だけど、絶対掴んでやるんだって決めたんだ。いや、バスが教えてくれたんだ」
 そう言って、彼はどこかへ走っていった。
「夢を掴むか」
 僕が欲しいもの。僕が変えたい景色。
「僕も目指すか、総理大臣」
 

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