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くるみ(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




 僕はたくさんのものを失ってきた。同時に、たくさんのものを手に入れてきた。
 僕から離れたもの、人。僕に寄ってきたもの、人。それらは全て、一本の糸で結ばれていて、長い線となってつながっている。昨日から今日、そして明日。僕の人生はその糸がはるか向こうまで延びている状態で、僕はその先を目指して歩いている。
「お前、足遅いな」
 誰かが言った悪口。
「もっと努力しないと、上手くならないぞ」
 誰かが言った限界。
「今日は何して遊ぶ?」
 誰かが言った誘惑。
「お金、今月も借りていい?」
 誰かがせがんだ生活。
 僕はその度、付着と離散を繰り返し、人間関係を構築してきた。
 線と線が結ばれたり、切られたりする。その過程で、僕は彼女と出会った。
「祐希くんは足遅くないよ。大丈夫だよ」
 誰かが悪口を言わなければ、僕は百合に出会うことはなかったかもしれない。明日を描くとき、明日の線を辿るとき、そこに交わっていた誰かが、別の誰かだったかもしれない可能性を考えてみると、とても不思議な気持ちになって、自然と胸の奥がじんわりと熱くなった。
「今日は何食べようか」
 僕はたくさんのものを失ってきた。小学校、中学校、高校、大学、社会人。たくさんのものと出会い、たくさんの人と出会い、そのほとんどは失っていた。だが、小学校二年生の体育の時間に僕を慰めてくれた百合だけは、失うことがなかった。
「そうだな、今日は僕が何か作るよ」
「え、本当? ありがとう。じゃあ、お願いしちゃおうかな」
 これからも、僕はたくさんのものを手に入れる代わりに、たくさんのものを失う運命だと思う。そのとき、百合を手放さないように、僕は糸を紡ぐのだろう。

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