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未来(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




「未来行きタクシーなんてどうだろう。私は考えたけど、はっきり言って時間の無駄だった。だって、タクシーに乗って目的地へ着くまで時間は進み続けるんだから。つまりそれって、未来へ進んでいるってことだろう」
「そうですね」
「しかし時間というのは不思議なものだ。どうしてか、未来へしか進むことができない。過去には戻れない。これだけ科学が進歩していて、なんだって便利になっていく世の中なのに」
「うん」
「未来というのは、曖昧な海に似ている」
「曖昧な海ってなんですか?」
「いや、海だな。曖昧な色をした海ってことだ。つまり、状況が予測できないってことだ。波が大きくなるかもしれないし、サメがくるかもしれない。何も怒らないかもしれない。みんな常に不安と期待を抱えながら海に入っているわけだ」
「まあ、言いたいことはわかりますが」
「私は未来に期待している方なんだ。未来は明るい。そうやって前向きに生きていた方が、人生楽しいだろう」
「ポジティブな性格は羨ましいですね」
「大丈夫、お客様だってポジティブな人間になれますよ」
「どうやってですか?」
「多くを望まないことです。人間は欲深い。だから常に何かを追い求めてしまう。結果、満たされていないと勘違いしてしまうのです。だけどそんなことはない。私たちは普段生きている中で手に入れられるものがたくさんあります。それを当たり前と思わず、幸せなことだと思えばいいだけです。そうやって一つ一つの些細な出来事を特別なことだと思えば、生きていることへのありがたみが増すでしょう。すると、人生が自ずと楽しくなっていきます。私は過去が嫌いでした。色々ありましたから。だからこそ、未来は巡り合えたものに感謝しながら生きていくだけです」
 僕はタクシーを降り、空を見上げた。この奥で眠っている生命は未来へ向けて脈を打ち続けている。

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