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妄想満月(短編小説『ミスチルが聴こえる』)




 すなわち、僕らは朝の話をしている。ピカピカと光る太陽が日本を照らすなら、それは間違いなく朝であって、朝以外の何物でもない。オナガドリが元気に鳴き、子供たちが学校へ投稿する。お父さんらしき人がゴミを捨て、お爺さんが散歩をする。それは僕らにとって日常の一部であり、毎朝流れているラジオや、隣の家に届く新聞と同じように繰り返される出来事である。
 だから僕らは、いつまでも夜明けが来ないことを祈ったのだろう。夜が明けることを素晴らしいと思える、つまり明日が来ることに喜びを感じる人が大勢いる中で、僕らはそれを忌み嫌い、否定したかった。もっと言えば、僕らは永遠の夜が欲しかった。
 君は妄想の満月を描いた。僕は空想で星空を描いた。それらは夜にしか見えない輝きで、僕らの特別な時間を照らすために必要不可欠な存在だった。
「あの月、メロンパンみたいだね」
 君も僕も、見えない月の話をした。外ではトラックのエンジン音が響き渡っている。
「昔の人はすごいよ。だって星と星をつなげることで形を作っていたんだから」
「星座ってロマンチックの頂点だよね」
「うん」
 街は朝になっているから動き続けるばかり。僕ら人間は同じ世界を同じ時間に動くことがほとんどで、しかし僕らにとってはそれが退屈でしかたなかった。
「帰りたくないな」
 君の願いは、白昼夢でしかないけど。
「私たちには満月が見えているのに」
「星空だって無限に広がっているんだけどね」
 時間は止まることがない。虚しい限り。
「また、会えるよね?」
「会えるよ。少なくとも、僕は君に会うことが幸せだから」
「私も」
 じゃあ、と君は僕の元から去っていく。太陽は街を明るくさせる。だけど僕が空を見上げるならば、そこには未だ散りばめられた星とまん丸のお月様が浮かんでいる。

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