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言わせてみてえもんだ(短編小説『ミスチルが聴こえるか』)




 頑固なあの人は、毎度僕が助けに来てもお礼を言ってくれなかった。
「これで二十六回目。怪人も襲う人を変えればいいのに」
 僕は深いため息を吐き、あの人の背中を見つめながら夕暮れ時のチャイム音を聞いていた。

「ありがとう、お兄さん!」
 子供は素直でいい。倒れた怪人を踏みつけながら、僕は「どういたしまして」と言って警察を呼んだ。
 あの人も言ってくれたらいいのに。

「いつもいつも、娘がすみません」
 あるとき、あの人の母が菓子折を持って僕に挨拶してくれた。あの人はいなかったが。
「今度、娘にも必ず礼を言わせますので」

「なあ、怪人。お前はどうして同じ女ばかり襲うんだよ」
 あの人が襲われる記念すべき五十回目。僕は倒れた怪人に聞いた。
「雇われているんです、あのお嬢様に」

「そりゃ、礼を言う気持ちにはなれないよな。ようやく理解したよ」
 僕はあの人、真の黒幕と対面した。あの人は冷笑気味に笑った後で、僕に言った。
「ありがとう、今までお金を稼がせてくれて」

 どうやら僕が怪人を倒すことで、あの人にお金を入れてくれるスポンサーがいたらしい。
 言ってくれたが、スッキリしない。僕は本心から言わせてみてえもんだと思う。
「ありがとう、ヒーロー」って。

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