欲望の時代へようこそ!(ヘヴィ・メタル)
気がついたら欲望の時代になっていた。
欲望の時代とは何か?それは、人間性や寛容さ、優しさよりも、人間の持つ欲求や欲望、暴力性が優先される時代だ。そして、弱者や少数派が容赦なく切り捨てられる時代だ。つまりは、ヒャッハーな時代だ。
例えば、人間は本来、男と女が愛し合って子供を作るものだからとLGBTの人たちを切り捨てる。人間は本来、こんなに長生きしなかったのだからと高齢者を切り捨てる。人間は本来、健康なものだからと障がい者を切り捨てる。女性は本来、産むべき者だから産まないならばと切り捨てる。
逆にいえば、権力や財力、もしくは大声さえあれば世界は思いのままだ。数多の殺人を犯してもまた殺せば国のトップでいられる。暴力を扇動しても人気があれば大統領に戻れる。性暴力をふるってもおもしろければ芸能界に戻れる。パワハラをしても能力があれば許される。差別や悪口が飯の種になる。そして彼らは決して、謝罪も償いもしない。ただ弱者を踏み倒していくだけだ。無条件で許される人と許されない人が明確に線引きされた時代に、時間が巻き戻されてしまった。
コロナ禍以前、僕たちは世界を少しでも良くしていこうと思っていたはずだった。"違い" で抑圧されている人、傷つき悲しい思いをしている孤独な人を少しでも減らしていこうと願っていたはずだった。そうやって、"人間性" を次のステージに進めていこうと意気込んでいたはずだった。
だけど、世界はパンデミックと戦争で一変してしまった。自然と人間の恐ろしさを見せつけられて、人間は本来こういうものだからという詭弁がまかり通るようになってしまった。抑圧されている人たちは、再び檻に閉じ込められてしまった。少数派は迫害から逃れることができなくなった。僕たちは理想を追求することをやめてしまった。
最近よく見るのが、リベラル・エリートが現実を見ていなかったからだ、貧困層や労働者を切り捨てたからだといった言説で、明らかにポリコレは行き過ぎだったしまあそうした部分も少なからずあるのだろうけど、僕はそれ以上に人間の業が反動として噴出したような感覚に襲われている。
その業の噴出に大きな影響を及ぼしたのが、インターネットと SNS だ。煽動者たちはデマやめったに起こらないような場面を切り取り、恐怖を煽り、義憤を募らせ、格差を利用し、"違い" を憎む世界に仕向けていった。仮想敵を量産していった。
なぜなら、煽動者、既得権益を持つ人たちにとっては、世界が変わらないほうが都合がいいからだ。富の再分配などまっぴらごめん。自分たちが "的" にならなければそれでいい。一方で、僕たちは想像以上に憎しみに、恐怖に感化されやすい。ファシストの極論は勇ましく頼もしく見える。これまでやってこられたんだから、今まで通り弱者を少々切り捨てても変化なんて必要ない。自分がそこそこ幸せならそれでいい。結局、理想は追わないほうが楽に生きられるんだ。
そんな世界では、"ざまあみろ" というセリフが頻繁に飛び交うようになった。お前らの思惑が外れた!言った通りだろ!俺らが正しいんだ!バカモノめ!そんな虚しいざまあみろが連発される。憎しみと負の連鎖。互いの良い部分をすり合わせていけば、きっと世界は良くなるはずなのに。
なかなかむずかしいけどね。SNS や YouTube は炎上すればするほど信者が増える、欲望を貫いた者勝ちの世界を作り上げてしまったから。今や極論や非人道的発言による炎上には、批判や反発以上のメリットが存在してしまう。
それでも諦めないで、ここから僕たちが再び理想と平和を追うためにはどうすればいいのだろう?僕たちは当然だけど、ヘヴィ・メタルを聴くべきなんだ。
クリス・インペリテリという人がいる。
とにかく、ギターの速さを追い求め続けて、ついには光速を突破した偉人だ。
夢中になれるものがない人ほど、自分がない人ほど、カリスマや他人の言動に左右されやすい。そして、目に見える評価軸、プラグマティックな財力や権力を求めたがる。
インペリテリはまったく真逆の人間だ。
ただただギターの速さをアイデンティティとして、脇目も振らずその理想を追求し続けてきた。そこに己の欲望を全振りしたんだ。99.999999%の人がどうでもいいと感じることにロマンを掛けたんだ。
最新作 "War Machine" なんて、ジャケットから謎の絶対皆殺しマシーンみたいのが登場して、プロの殺戮師にしか見えないけど実際はそうじゃない。インペリテリはいかに戦争が、暴力が地獄で、狂気で、起こってはならないものだということをこの作品で伝えようとしているんだ!!たぶんね!!
とにかく、SLAYER のポール・ボスタフの力も借りてインペリテリはこのアルバムでギターの限界突破を達成した。とにかく速い。いや、速い人はメタルにゴロゴロいるのだけど、インペリテリは音の粒が揃っていて美しく、そして音楽的でなおかつ速い。コード感とスピードが織りなすローラー・コースター。最高傑作 "Answer to the Master" や "Screaming Symphony" に楽曲の質では少し及ばないものの、速さはたしかに進化している。
"これが自分の強みだ"、"これが自分が好きなものだ"、そんな "芯" のある人は優しい。なぜなら、あなたはお金持ちで有名で権力があるかもしれないけど、私にはこれがあるからと胸を張って言えるから。卑下もせず、嫉妬もせず、何かを盲信することもない。だからこそ、他人にも寛容になれる。わたしにはこれがあるけど、あなたにはこれがあるのねと、認めあえる。
インペリテリには光の速さがある。だから、大金を稼げなくても、ハリウッド映画の主題歌を書けなくても、スーパーボウルで弾けなくても気にしない。例えば、ボン・ジョヴィが声を失ってもざまあみろなんて思わない。彼には自分があるから。自分の理想を追い求めているから。だから、ドス黒い欲望に支配されることなんてないんだよ。
実際、ヘヴィ・メタルにはそんな局所的変態突き抜け超人がゴロゴロといる。そして彼らは謎の自信と優しさにみなぎっているんだ。
あなたは今まで何者にもなれなかったかもしれない。だからといって、誰かを妬む必要はないよ。ヘヴィ・メタルの局所的変態突き抜け超人たちは、血の滲むような努力を重ねた結果、ジャンルのマニアにしか名前を知られることがなくても、誰かを羨んだり貶めたりなんてしない。笑顔で今日も練習を続けるだろう。だってそれが理想の自分だから。メタルと楽器が大好きだから。
"Out of My Mind (Heavy Metal)"
「メタルが好きすぎて狂いそう!
ピュアなメタルだけが魂に栄養を与える!
メタル愛が一線を超えた!
俺が愛せるのはメタルだけなんだ!」
だからね、君も浅ましい SNS なんて見てないで、ゆっくりと自分の好きを、自分の理想を探していこう。"Something's Wrong With the World Today" だけど、"The Future is Black" なんて言わないでね。きっとその先に "Kingdom of Light" が待っているはずだから。