見出し画像

第9話 スコットランド独立派?それとも統合派?

←第1話 不思議の国ユナイテッド・ステイツ・オブ・アメリカへいざ出陣(みんなの文藝春秋でも取り上げていただきました) 

本日のアルバム
Teenage Fanclub 'Grand Prix' 1995年

「いいベース持ってるね」
ジェリーはサウンドチェックを終えた私に話しかけた。スコットランド訛りの英語だが彼が話すととても柔らかく魅力的に感じる。美しく透き通ったブルーの瞳はスパーキーズ・ドリームの時と全く変わらない。彼は90年代ブリットポップに代表されるバンドのひとつ、クリエーション・レコードのティーンエイジ・ファンクラブ(以下TF)のシンガー、ベーシストだ。彼はツアーの初日TFのサウンドチェックを終えた後、客席で私たちを見守ってくれていた。
 ステージ上の彼らのギターラックには美しいフェンダーやギブソン、エピフォンなどが並んでいた。大御所の貫禄である。
「あなたのプレベも素敵ですね!」
彼も私と同じフェンダーの初代エレキベースシリーズであるプレシジョンベースを持っていた。
 私は彼らの5枚目のアルバム、「グランプリ」が発売された1995年にロンドンへやってきた。(第4話ブリットポップが壊した文化の分断にその頃の様子を書いています)ブリットポップの全盛期、TFのアルバムは数枚持っていたし、当時たくさんあった音楽番組で彼らの事はよく目にしていた。シングルカットされた「スパーキーズ・ドリーム」はジェリーの綺麗な青い目がフィーチャーされており、PVでも尚更そうだった。彼の端正な顔立ちに当時憧れたもんだった。
 TFの「グランプリ」ツアーも95年に見に行ったたくさんのライブのひとつだった。6月2日、ロンドン、シェパーズブッシュ・エンパイヤでのヘッドラインギグでのメインサポートはアメリカのロイヤル・トラックスだった。この素晴らしいラインアップに会場は満員。この時初めて聴いたロイヤル・トラックスにも痺れまくった。その当時の事をジェリーに話すととても驚いていた。当時15年も前の事だから、本人もきっと忘れていただろうと思う。と言うか私の年齢詐称について戸惑ったのかしら。他メンバーは19歳とかだったもんで。(別に詐称はしてないが、周りが勝手に思い込んだだけですが…)

 スコットランドはイギリスを構成する四つの国のひとつで、北部に位置する。当時のセンセーションだったクリエーション・レコードのアレン・マギーもスコッツマンだ。ザ・ジーザス・アンド・メリーチェーン、ザ・パステルズ、プライマル・スクリームもスコットランド出身のレーベルメートだ。レーベル外でも、1990's、ベル・アンド・セバスチャン、スノー・パトロール、フランツ・フェルディナンド、ヴァセリンズその他たくさんのバンドがスコットランドと言う土壌から世に出ている。人口密度を考えるとど偉い確率でスーパーバンドが生まれている事になる。Why iz dat? 

 記憶に新しい人もいるかもしれないが、スコットランドは2014年にイギリスからの独立住民投票を行い、44%の人が独立支持という結果が明らかになった。歴史的にもグレートブリテンとして統合される300年前までは独立した国家であり今もなお自治への想いが強いことが伺える。当時は過半数を切ったが、EU離脱した今、スコットランドの感情はイギリスよりもヨーロッパに傾いているようだ。
 2019年総選挙の際、独立の是非を問う2度目の住民投票実施を公約に掲げ、議席数を伸ばしたニコラ・スタージェン率いるスコットランド国民党だが、私はリーダーとして彼女を高く評価しています。いつでも彼女はメディアの前に出てしっかりと考えを述べるし、へんちくりんな事もしないし言わない。独立を掲げ、EU離脱に反対する公約は変り者のボリス・ジョンソンの保守党政権とは真っ向から対抗する形だ。イギリスから独立を果たせば再びEUに加盟する意向も示している。そうなるとイギリスはど偉い事になる。
 このコロナ禍の中、大学受験がキャンセルとなった。政府は受験なしで瀬最終的なグレード(成績)を決めるために、新しいグレーディングシステムを実施した。その結果全国の12.5万人もの受験生が不平等な成績をつけられたことが明らかになった。その最新ホヤホヤな昨日のニュースでは、特に労働階級出身者の成績が低めにつけられていると言うことが明るみに出た。なんて事を!どっかの国で優秀な女学生が女だからとマイナス評価されていたくらい理不尽で不公平!特に大きな影響を受けたのがスコットランドの学生たちで、そのうち7.5万人に及ぶ。スタージェン首相は昨日の段階で政府の間違いを認め、謝罪し、しっかりと調査することを約束した。そしてたった今入ったニュースによると、スコットランドではダウングレードされた学生たちの成績を戻すことを発表した。

 こうゆう事なのかもしれないと私は思った。トップダウンで国民の意識は大きく影響すると思う。もともと貧窮した地域が多いスコットランドでは打破しようとする力も強いのかもしれない。スタージェン首相はベーシックインカム導入の話も始めていると言う。そうなると労働党が政権を握った90年代の福祉社会と似たような社会が帰ってくることになる。当時ミュージシャンは働かず社会福祉に頼って生きていた!それだからいい音楽を作るヒマができたのだ。
 これからの2020年代、予測不可能な社会を背景に、インディーミュージックシーンがどう育って行くのか?もしスコットランドにベーシックインカムが導入されるのならば、再びスコットランドのインディーシーンが世界を兼引きして行く事になる確率はロンドンよりも高い。グローバリゼーション後に四苦八苦する若者がどんどん離れている現在のロンドン。金のあるエリート達や、金融などのホワイトカラーしか生活できない高価なロンドン。アートやライブやイベントが無くなってしまったロンドンの魅力を取り戻すには、アーティストや若者を止まらせておく事が第一条件になるが、ボリスにはそんな感覚すらさらさらないようだ。

 ヤックとのツアー最終日はスコットランドのアバディーンと言う人口20万人ほどの小さな都市だった。スコットランド凱旋と言うこともあって、盛り上がった。前回のシェフィールド、レッドミルでのライブ後のTF楽屋での別れ際の「キス事件」を背景に、私の思い違いだと言い張ったマックス、面白がったジョニー、ダニエルと並んで客席から見ていた。曲間にステージセンターのノーマンが言った。
「Arigato」
続いて
「今、日本語でありがとうと言ったんだよ」
と無反応なアバディーンのお客に追加説明している。マックスはハッと私に振り返り、ジョニーは隣で私に向かってにやけながら肘で小突いてくる。「せやで、ほれ、言うたやんけ」と顔で語った私。
これが私のスコッツストーリー。

ティーンエージ・ファンクラブ「グランプリ」
メンバーのレイモンド、ノーマン、ジェリーの三人が作詞作曲、ボーカルを務めるインディーパワーポップバンドの5作目。ボーカルハーモニーやギターメロなどキャッチーで心地よい一作。前作までのフィードバックや生でむき出しのグランジ音に比べるとかなりポリッシュされた王道のギターポップです。シンプルにいい曲を作る事のみに集中したようなアルバムで、とても潔い。当時の大波に完全に乗りまくって日本でも大人気バンドだったようですね!2018年にはジェリーが脱退。2010年の対バン以降、別のバンドのサポートで出演していたフェスなどで遭遇した彼はいつも気さくに話してくれていました。憧れの人と音楽人生を共にできた喜びは宝です。

第8話 もうヨーロッパ人じゃないの?イギリスの若者が屈した大英帝国のレガシー

作者について
土居まりん a.k.a Mariko Doi
広島出身、ロンドン在住。ロンドン拠点のバンド、Yuckのベーシスト。ヤックでは3枚のスタジオアルバムとEP、自身のプロジェクト、パラキートでは2枚のスタジオアルバムとEPをリリースした。
ピクシーズ、ティーンエイジ・ファンクラブ、テーム・インパラ、アンノウン・モータル・オーケストラ、ザ・ホラーズ、ウェーブス、オールウェーズ、ダイブ、ビッグ・シーフなどと共演しロンドンを拠点に国際的にライブ活動を展開している。
2019年初のソロアルバム「ももはじめてわらう」を全セルフプロデュースでDisk Unionからリリース。モダンアートとのコラボ楽曲など活動の幅を広げている。

この記事が参加している募集

一度は行きたいあの場所

よろしければサポートお願いします。皆様のご好意が新しい記事を書ける糧となります。どうぞよろしくお願いします。