茉莉歌
新しい地に移るということは、 それまでいた地ににさよならをするということ。 想い出をそこに残して、 慣れ親しんだ景色や音や匂いと別れ、 まだ知らない、何もまだ自分のものではないものの中へと入っていく。 そこが故郷と思えるまで、どれほどの年月が必要だろう。 住んでいる間は一度も故郷と思えなかった地も 離れる時になって初めて、 そこに自分の体がいつの間にか馴染んでいたことに気づく。 それは土地や街に関してだけではない。 慣れ親しんだ古い自分にさよならすると決めた時にも、
私の暗号がわからなければ、 その人はモグリかもしれない。 あのヒントで気づかなければ、 あの人は赤の他人だったのかもしれない。 でも彼はかなり鈍感なところがあるから 気づけないのかもしれない。 「それ」を知らないということはないでしょう。 その言葉を彼( )がピックアップしたというのは、勘がいい私には伝わった。 しかしまったく関係ないように拾ったみたいだ。 それとも、あれもこれも全部知っていて知らないフリをしているのかもしれない。 ただ、聞いたり読んだ
手を伸ばせばあなたに届く場所にいる だけどきっと手を取ることもなく 過ぎて行くのでしょう あなたは私を見つけない あなたは私の手を取ることはない 近くにいるのにとても遠い 私はあなたを見つけられない 私は透明で、あなたには見えていない それはきっと 私たちがもう終わっているから もうずっと前に 最初から私たちはすべてを間違った 私たちのすべてが噛み合わなかった それなのに私たちはいつも絡まっていた どんどん絡まっていって 解けなくなり 解くこと
子供の頃、母親から無理強いされて嫌だったものがある。 母方の祖父がまだ元気だった頃、母の実家は農家で、古い大きな家に、玄関を入ると長い土間があり、お勝手と裏庭へ出る勝手口につながっていた。土間の左側は住居で、右側は物置やら作業場やらがあった。 子供の膝より高い長いあがりが二部屋分続いていて、入り口に近いところを上がると、なんと呼んでいただろうか、東の間だとか何かそんなふうに呼んでいた、人を迎えるためだけのような、写真やなにかが飾ってあるだけの、普段はなんの用も成していない
馬鹿にしているんだ。 見下しているんだ。 そうなりたくはない。 だけど、弾かれている。 そうならないといけないのか? みんなと同じでなければいけないのか? みんなと同じものをよいと言わなければいけないのか? 狂ってる。 私が狂ってる? 社会も狂ってる。 カフェで足を組んで雑誌をめくる気取った奴ら ふわふわサラサラきらきらしたものだけ集めるパブリッシング 基本の色は白とベージュとターコイズブルー 生活感のない完璧なインテリア 遊牧地に立つキレイなモデル 操作されたインプ
写ルンですというインスタントカメラが昔流行った。 今から35年くらい前。 フィルムの入った、プラスチック製の、使い捨てのカメラ。 でも意外にも写りは良くて、普通のカメラで撮ったものと見分けはつかなかった。フラッシュ機能もあり、パノラマ写真が撮れるものもあった。 重いカメラを持ち歩かなくても良く、フィルムを買うのと同じくらいの値段で買えたので、写ルンですは一世を風靡した。 その後、今から30年前くらいだろうか、デジタルカメラが出回った。 デジタルカメラ、通称デジカメ
最近、あの人のことをよく思い出すんだ。 かつて大好きだったけど、大嫌いになった人のこと。 恋しいのではない。 懐かしいのではない。 ただ、過去の出来事として思い出すんだ。 別れた後で、見かけたことがあった。 向こうも私に気がついていた。 好きだった頃の感情は、なにひとつ持ち上がらなかった。 始まらずに終わらせることはできたのだろうか。 それはきっと、私しだいだった。 傷つかずに終えることはできたのだろうか。 それもきっと、私しだいだったのだろう。 私以外にもきっといた
すべてが嫌になる 生きているのも嫌になる これまで積み上げてきたもの 一日、一日、一時間、一分、それを何百回何千回何万回と繰り返し、築き上げてきたものが、 一瞬で塵と消える。 生きている意味と 存在する意義と この世で命を持っていることの目的 何も見えなくなる。 何のために、 これほど苦しんで、 努力して、 生きていなければいけないのか。 苦しいことばかりなのに いいことがこの先に待っていると思い込んでいる。 いつまで待ってもいいことなど巡って来
この人は、本当は、心の底では、私を憎んでいるに違いない という思いが、私から離れてくれない。 すべての人に対して、程度の差はあれ、こんな思いを抱えている。 この思いが私を解き放ってくれない。 どんな人が目の前に現れようと、その人がどれだけ私を愛してくれようと、 私はきっと、心から信じることができない。 信じることができないのは私の方。 その人の言葉に、その奥に隠された意味に、 私に見せない表情に、笑顔の奥に秘められた意図に、 私はいつも、それを探している。
あなたのことはあてにしない きっとあなたは現れないって そんな気がする だからわたしはあてにしない わたしはわたしのためにそれをするの あなたのためになんて絶対にしない あてにしたらがっかりするから 惰性ならやめておきしょう 期待なら捨ててしまいましょう あなたはあなたの人生を 私は私の人生を 背中と背中隣り合わせで座っていても 決して重ならない二つの道を歩きましょう もしこれが夜明け前の暗夜だというなら 目を瞑って進みましょう 時折灯る薄明かり
私の生き方を見て、 こうしなさい こうなりなさい もっとこうなりなさい そうでなきゃ ダメよ と言ってくる人が必ずいる。 これまでも、そしてこの先もきっと。 その人たちは、「今」の私を見て、 ダメだと思っている。 私がこれまでどれほど努力して、ここまで上り詰めたのか、何も知らない。 どれほど日々、悩み、考え、こんな自分を持て余し、振り回され、それでも頑張って、最善の力を振り絞って立ち、前へ進んで行こうとしているか、何も知らない。 それなのに、すべてわかったふうな口
あなたの思考の中には、 どんな言葉が渦を巻いているの。 あなたの心の中には、 どんな想いが湧き起こっているの。 あなたが機嫌わるくなる言葉はどんな言葉? その言葉を聞くとどんな考えが頭の中を埋め尽くすの? あなたが人恋しいと思う時はどんな時? そんな時はどんな思いがあなたに覆いかぶさっているの? あなたが黙ってしまう時、そのわけを教えてほしい。 誰にも言わないできた心を言葉にして、外に出してみてほしい。 こうしたらいい、ああしたらいい、こうしたほうがいい、こうしてみれば
自分のために何かをしようとするよりも、 誰かのために何かをしようとする時の方が、 強くいられるのはなぜなのだろうと思う。 もっとしっかりできる気がする。 絶対に最後までやり切れる気がする。 自分のためだけだと、ちょっとでも気が変わると、 やっぱりいいか、とやめてしまう。 だけどそこに、誰かのため、という気持ちが加わると、 面倒なことでもやろうという気が起こる。 一人で何かをするよりも、誰かと力を合わせた方が楽にできる。 誰かのことを思うことで、一人ではないから
離れていても、繋がってる いつもそばにいる そんな感覚を 私は欲しいんだと知った それは昨日、ほんの瞬間、 そんな感覚が、私のからだを満たして、やがて過ぎ去っていったから 暖かい安心感という感覚 誰かと深いところで繋がっているという感覚 今まで持ったことのない、ひとりじゃない、という感覚 それがきっと、私がずっと求めていたもの それがきっと、愛というもの とても素敵な感覚
私はただ、傷つきたくなかっただけだったんだ。 悲しい思いを感じたくなかっただけだったんだ。 怒って、嫌いになって、そうしていたら、悲しくない。 怒りは役に立った。 私を守ってくれた。 憎んで、恨んで、その思いが強ければ強いほどいい。 それらは長期戦で効果を発した。 憎んでいるあいだは、悲しい気持ちを、感じずに済んだ。 誰も入ってこれない要塞を造り、外界を遮断した。 私を傷つける可能性のあるものもすべてみな、私の世界から追い出した。 徹底的に行う。それは怒りの延長。万が
ずっと追いかけてきたくせに 私が立ち止まると、あなたも立ち止まる。 私が振り向けば、そんなつもりじゃなかったと手を振る。 どうぞ向こうを向いて逃げ続けて、と。 僕はただ追いかけているのを楽しんでいるだけなんだ、と。 きっと私たちが手を繋ぐことなんてない。 わかってた。 「逢いたい」なんて そんな言葉を言っていたいだけなんだって。 あなたから行動することは決してないんだって。 あなたはただ言葉を投げて待ってるだけ。 あの手この手で気を引いて 私から行くの