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isolate

私はただ、傷つきたくなかっただけだったんだ。

悲しい思いを感じたくなかっただけだったんだ。

怒って、嫌いになって、そうしていたら、悲しくない。
怒りは役に立った。
私を守ってくれた。

憎んで、恨んで、その思いが強ければ強いほどいい。
それらは長期戦で効果を発した。
憎んでいるあいだは、悲しい気持ちを、感じずに済んだ。

誰も入ってこれない要塞を造り、外界を遮断した。
私を傷つける可能性のあるものもすべてみな、私の世界から追い出した。
徹底的に行う。それは怒りの延長。万が一の時の保険。


「決して悲しいんじゃない。怒ってるんだ」



すべてを追い出して、追い払って、決して入ってこられないように扉を固く閉ざし、私は、悲しみという敵から自分を守っていたのだ。

ただ、悲しいという感情を、感じたくなかっただけだったのだ。
それほどまでに、私はその感情を感じることを恐れていた。



同じような出来事によって感じる、悲しみ

ーー私は愛されていないーー


あの、子供の時の私が感じた、あの感情を呼び起こす出来事があると、怒りの騎士が私を取り囲む。要塞で固く四方を閉ざす。

そうやって、私は私を守っていた。


また、あの気持ちを感じるなんて、耐えられないことだと思っていたからだ。


子供の頃の、あの時の私は、悲しかったんだ。

どうして私を愛してくれないの?
どうして私のことがそんなに嫌いなの?

そんな事実を受け入れることができなかった。
それは私の命を、存在自体を、否定してしまうに等しいことだった。

母に愛されていない、と思うこと。
母は私を嫌っている、と思うこと。

そんなことを認めることなど、子供の私にはできなかった。

子供を愛するべき存在である母親にも愛されないなどということがあるのだろうか?

どうして?

子供にそんな答えが出せるわけはないのだった。
誰も理由を教えてくれる人はいなかった。

悲しみが私を打ち負かす前に、
即座に現れたのが、怒りだった。
怒りは私を助けてくれた。
私が生き残れるようにと、咄嗟に守ってくれた。

悲しんで泣くことは、相手に負けるように思えた。
怒りを感じることで、私は負けずに済んだ。

「それならひとりでいい、あなたなんかいらない」

「あなたの愛なんて、もういらない」

怒りは私にそう決意させた。
そして、私は愛を求める気持ちを排除することを覚えた。

それは私に力を与えてくれた。
私はひとりでも立っていられた。

なぜなら、求めていないものは、与えられなくてもいいものだったから。



だけど本当は、私は悲しかったのだ。
本当は、愛してもらいたかったのだ。
本当は、私のことを好きになって欲しかったのだ。



「悲しんでもいいよ」

「悲しみを感じてもいいんだよ」

今日、私は自分にそう言ってあげた。

悲しみを、ただ感じてあげればいい。

私は悲しんでる。
私は悲しいんだ。

ほんとうは、悲しいだけだったんだ。

この悲しいという気持ちを抱えたまま、生きていてもいい。
悲しいという感情を感じたまま、時を過ごしてもいい。
誤魔化さずに、無視したりせずに。

それを感じないために、すべての一切のものを排除するなんてこと、はもうやめて。
怒って本当の気持ちを誤魔化すなんてことを、もうやめて。
そのために、すべてのものを遠ざけて、ひとりになるのは、もうやめて。

悲しんだっていい。


誰かから愛されなかったこと。

その人から愛されなかったからといって、
この世の中の、すべてのものの終わり、というわけじゃない。

そういうこともあるさ。
こういうこともある。

悲しんで、いいんだよ。

自分は今、悲しいんだ。

自分に嘘をつかずに、その気持ちを感じてあげた。


そんな気持ちを抱くのが、人というものなのだから。
誰にだって経験のあること。

悲しいという気持ちは、怖いものじゃない。

「ああ、私は今、悲しんでるんだな」と言ってあげる。

そんなに悪いものじゃなかった。

そのほうが、ずっと楽だった。

それが自然な気持ちだった。

自然な本当の気持ちを感じてあげることは、そう感じていると認めてあげることは、
とても自分に優しいことをしてあげている感じがした。

悲しむことは、悪いことじゃないんだよ。



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