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散文

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雑多にいろいろ
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不眠症との付き合い方

不眠症との付き合い方

どうして眠れないのかわからないのだけど私は何年も夜上手く眠れない。眠ろうとすると色んな考えが浮かんできてあれもこれもと気が気でなくなってしまう。

あの言葉の意味は何だっけ。
あの時こう言われたのはどういう意味だったのだろう。
明日の気温は何度で何を着て家を出ればいいだろうか。

神経が昂ってくるせいか、体がビリビリと感電したようになり、しゃっくりをしたときみたいに何度も飛び跳ねてしまう。

あぁ

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中年文学

どうしようもなく疲れたら死のうと思っていたけど、わたしが死んだら多分生涯悲しむだろうなって人が増えていき、わたしはおいそれと死ねなくなった。若きウェルテルのように叶わぬ理想に死ぬことができるのは青春の特権なのだとか。生きなければならない。あと何十年と続く生に閉じ込められて。

ラッシュアワー

京王線で八王子から東京駅に向かう朝のラッシュタイムの電車の中は人でごった返している。
これが東京の満員電車か、と

自分より頭一つ分以上大きい背広に押しつぶされ右に左に流されながら、ふと必死に踏ん張る足をふと脱力させる。
すると不思議と倒れることはなくて、わたしは川に浮かぶ木の葉みたいに車両の中をたゆたっていた。
目を閉じる。知らない誰かの呼吸と匂いと体温。
群衆の中では誰でもないわたしが誰でもな

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わたしのママ

わたしの首には生まれつき100円大くらいのあざがある。今思うと大したアザではないんだけど、小さい時はそれを気にしてずっと髪を伸ばしていた。
そんな私を見てママは、私のクローンが現れてどっちが本物か分からなくなったときこのアザが目印になるんだよって言ってくれた。

子育てに熱心な人で、よく膝枕で耳かきをしてくれた。わたしの耳の奥には妖精が住んでるよって言ってた。それたぶん全然とれない耳かすだと思う。

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貸し出し中

選んでほしいなという
誰かに貸した本が
いつまで経っても返ってこない
もしかすると、と託した友情の期待が
読み古した本と一緒に
どこか遠くに行ってしまったようで
思い出の一部分を失ったようで
余計にかなしい

南口ロータリー

薄く伸ばされた両翼が空を切るように頭上を通り越して降っていった。羽毛が曇り空の空気をはらんでふわりと電線に舞い降りる。鳥はそこにあるなにかを掴んでいる。黒く光る瞳は常に自分が世界に内包されていることを知っている。

タップ

寂しさと時間を夜に持て余してスマホをコツコツ叩く。スワイプに忙しいかすかに巻いた中指の爪の端が気になって薬指でなぞる。今日は春一番が吹いたとか、もうあまり寒くもないんだもん。毛布に潜り込むこともできず、ただ煌々とライトが顔を照らす。

まだ

みんないつからきちんと夜にお家に帰るようになったの。日を跨いでも商店街をそぞろ歩く人はたくさんいたのに。夜と朝の間に人が行き交う時間があったのに。いつからきちんと店が日を跨ぐ前に閉まるようになったの。路上ライブもできないの。ねぇまだお日様が出るのはずいぶん先だよ。なにかこの街が削り取られているみたいね。

人花

人花

 朝起きると二の腕がむず痒く、姿鏡の前に立って寝巻きを捲り上げて確認すると、植物の芽のようなものが生えていた。台所で朝食の準備をしている母にそのことを告げると「あら、おめでとう」と一瞬振り返り、すぐに何事も無かったかのようにまな板に向き直った。その腕には半袖のブラウスの袖の奥から伸びた蔦が絡み、左手の先の方で淡い黄色の花が咲いている。包丁のリズムに合わせで揺れるその花を見ていると、言い知れぬ不快感

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氷菓

睡眠薬を飲み下すと脳の奥で氷砂糖がじわりと溶けたようになにかが広がる。
二言目には死にたいと言う僕に、きみは悲しそうに微かに目を細める。
僕にしか気づけないくらい微かな皮膚のさざめき。
僕の孤独で君を絡め取ってしまったことが心残りで、僕は今日も死ぬのを踏みとどまり続けている。

重み

重み

 思えばいつも重いな、と思っている気がする。部屋であぐらをかいて思索に耽っていると、もう八歳になる猫が短い脚でにじりと膝に登ってくる。何度か居心地悪そうにみじろきをした後、ストンと腰を落ち着けて丸くなり、じっと目を閉じて動かなくなった。あまりに無防備に、白い毛に覆われた柔らかな腹を上下させ、すやすやと寝息をたてている。そうすると、重いなと思いながらもわたしはそこから動けなくなるのだ。

換気しよう

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八月の真昼にて

八月の真昼にて

八月の真昼だった。駅から外に出ると一番に山が近いな、と思った。盆地である京都の市内で生活していると、どこか遠くに、しかし常にそっと山の気配がある。だがここは山が近く、舗装されたアスファルトと立ち並ぶ民家の生活感と山の濃い緑のコントラストが美しい。蝉の鳴き声が耳に痛いほどうるさかった。

歩きだすとすぐ首筋に汗がにじんできた。ちょうど一番高い位置に登っている太陽の日差しを受けて、熱されたアスファルト

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2月の手紙

2月の手紙

拝啓

最近、すこし寒さが和らいできたように感じられます。寒い日の朝一番のまだ誰も足を踏み入れていない部屋には、静寂と寒さが手を取り合って空気中にきちんと整列しているようです。それが、ガラス扉から差し込む、立ち昇ったばかりで少し気の抜けたような太陽の日差しを受けて、ゆっくりと解けていっているようです。

寒さが人一倍苦手な私は、春の気配の訪れをまだ探しあぐねています。大寒を過ぎたばかりなのに気が早

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斜陽

家から出たら西陽から薄く広がる鱗雲がきれいでハッとした。乾いた風と高い空と季節の移り変わりに心洗われる。
眩しくて目を細めながら歩いているとスーパーの前で焼き芋の甘い香りに誘われて、出来立てのと迷ったけどフードロス勿体無いし、と割引されてたのを買った。
甘いお芋食べて元気出そう。