ラッシュアワー

京王線で八王子から東京駅に向かう朝のラッシュタイムの電車の中は人でごった返している。
これが東京の満員電車か、と

自分より頭一つ分以上大きい背広に押しつぶされ右に左に流されながら、ふと必死に踏ん張る足をふと脱力させる。
すると不思議と倒れることはなくて、わたしは川に浮かぶ木の葉みたいに車両の中をたゆたっていた。
目を閉じる。知らない誰かの呼吸と匂いと体温。
群衆の中では誰でもないわたしが誰でもない誰かにつぶされながらどこかに移動し続けている。
布数枚越し、ほぼゼロ距離で感じるぬくもりは互いに肉体を押し潰し合いながらも互いに何も押し付け合わない。


母が毎朝毎朝綺麗に解かしてくれる腰まで届く髪。
鏡の前で毎日違った髪型にセットしてくれる時、ブラシがメリメリと髪を引っ張って痛かった。
引っ張られるままに頭を傾けると、すぐにピッとまっすぐに直される。

母が愛した肉体をわたしはまた手放そうとしている。
ただこの分水嶺のような場所でイデアへの飛翔を臨む夢想家のように。
髪を切る、切る、切る
まつげに落ちる一本の黒が私の世界を鉤括弧に入れる。

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