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りぴーと

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素敵な作者さんたちの作品。私が読み返したいと感じた記事をまとめています。敢えて平仮名のりぴーと。
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#短編小説

#月刊撚り糸 2021年をささやかにプレイバックする。

 2021年1月からはじめたマガジン#月刊撚り糸 。皆様のおかげで無事に一年を終えることができました。その感謝を込めまして、ささやかですが参加してくださった方々の作品の中からひとつずつ、主催者が一番好きだと思ったものを改めて紹介しています。 *** 1、夕焼けに煙る 絶対絶対絶対絶対もっと読まれるべきだ!!!と個人的に思ってる小説のひとつ。幼い日々の目線の低さ、見えない大人の仄暗さ、そして人と人との繋がりは温かいのだと教えてくれる距離感。そのすべてが絶妙に収まり、悲しい結

くるクル狂ドーナツ【完】

生きるの頑張ってたらいつの間にか一生が終わってたって人と、頑張らなくても生きることが当たり前の機能として備わっていて、その上で生きるのを楽しんで一生を終えられるって人がいるのは現実だと思う。 🍩🍩🍩 平日は駅前のビジネスホテルで客室清掃のアルバイトをしている。時給は970円。 「ゆーちゃん、お疲れ様」 今日割り振られていた客室の清掃を終えて休憩室に入ると、ロッカーの前にイトダさんとキシさんがいた。イトダさんは私より少しお姉さん、20代後半の女性。キシさんは中学生のお子さん

【短編】眠れない夜の道連れ

眠れない夜は、決まって「あの夢」がやってくる。 こちらの意識が覚醒していようとしていなかろうと関係ない、はた迷惑なモノ。 それは決していい心地ではなく、けれど拒むことも許されない。 この街では、眠らないものは「悪い子」だから、と皆は言う。 連れていかれる。 ・・・ ―――あぁ、やってしまった。 ちゃんと睡眠薬も呑み、風呂にも一時間以上前に浸かり、眠る準備は万端だったのに、眠れなかった。 だから、きっと今日もやってくる。 カーテンを閉める前に見た空に、きょとん

短編小説 『誰が殺したクック・ロビン』

誰が殺した クック・ロビン それは私よ スズメがそう言った 私の弓で 私の矢羽で 私が殺した クック・ロビンを──── Beth  誰があの子を殺したか、って?  そう聞けば、「あたしが殺した、可哀想なあの子を」とでも答えるとでも思ったのかな、刑事さん?  なに、変な節回しだって? あら嫌ね、知らないの? マザー・グース。イギリスの童謡。有名よ。それなのに……本当に知らない? ふうん、刑事って無教養なのね。小説とかに出てくる警察は教養に富んだ人が多いってのに。それとも、

掌編小説288(お題:群れないムジナ)

きっと受験に失敗したからだと思う。新しいアルバイト先も、まだ、決まっていなくて。高校生でも大学生でも、フリーターでも、何者でもないから道に迷ってしまったのだ。 予備校から帰るところだった。石畳で舗装された歩道をなんとはなしにながめて歩いていたら、どこでもない場所へ来てしまった。どこでもない、としか言いようがない。建物、街路樹、通りすぎていく自転車や自動車。人々。今しがたそこにあったはずの光景がきれいさっぱりなくなっていた。 霧が出ている。腕を伸ばすと手先が見えなくなるほど

【小説】愛のカツカレー

「ねえ、おぼえてる?」  なげかけた言葉は白い冷蔵庫のドアにさえぎられ、力なくフローリングに落ちていった。  オープントゥのパンプスからのぞくつま先を、ひんやりとした空気がなでる。  目の前に鎮座する赤の肉たちには、専門店の看板に恥じない迫力がある。やっぱりいつものスーパーにしようかと、ためらいながらショーケースをのぞき込むあたしに威勢の良い声がふってきた。 「なんにしましょう」  笑顔を貼り付けたおじさんが立っている。  あたしは、財布を握る手に力を込めた。 「あの、トン

【短編小説】雨の鳴く日は休みたい(ユウコの日々シリーズ)

朝一番に窓を開けると、すでに驟雨が降りしきっていた。 激しさとは無縁の細かな雨。 6月になれば嫌というほどみられる風景に、ベランダの手すりを叩く静かな音が道路の喧騒よりも大きく響いている。 「驟雨か」 ユウコの呟きは口の中で細かな風になり、それが外界へ吐き出された。 にわか雨、よりも、よっぽど素敵な響きだ。 感染爆発や気候変動でSF小説の1頁に似た世界になりつつある世界で、古より受け継がれた言葉を使い、先走る世界を少しだけ留めておこうとする孤独で無意味な抵抗。

【短編小説】ウヰスキーの女(ユウコの日々シリーズ)

「隣の芝生は青く見える」 無意識と意識の間から紡がれた声が、金曜日の喧騒の中で瞬く間にもみくちゃにされたのをみて、ユウコはハァとため息を吐いた。 肩に食い込んだショルダーバックに気が滅入ると感じたのは、いったい何年前の話だったか。 もはやお友達になっている肩こりと人間の特権ともいえる慣れで、痛みなんて感じなくなっている。 金曜日の夕方。誰もが浮足立って職場から居酒屋か家に向かう時刻。 ふと、百貨店の煌びやかな内側を惜しげもなくひけらかすウィンドウに映った味気ない女が

同い年

「髪、切った?」 「タモさんかよ。」 「カエラちゃんみたいじゃん。いや、もはや三戸なつめちゃんぐらい短いね。かわいい。」 「アラサーかよ。最近の若い子、わかんねえよ。」  駅裏の噴水で二人待ち合わせして再会、ああ一年半ぶり。 (別に最近の若い子がわかんなくても、どうでもいいもん。)  口を尖らせてつぶやくけれど、聞こえてないようで、カエラだ、なつめだ言われたオン眉携えた黒づくめ三十路女もまんざらではないようで、「リルラリルハ」を口ずさんでる。地元。のどか。すれ違う

カワセミカヌレ

オリーブの木。その傍に、お店の看板。看板の横に自転車を停め、学校鞄を提げ、歩き出す。 お店は、芝生の丘の上。入り口まで、白い砂利道が緩やかに曲がって続く。 芝生の緑、コンクリートの建物の明るい灰色。白い坂道。青い空。白い雲。その組み合わせに、つい頬がほころぶ。 ガラス扉の、流木の取手に手をかける。流木取手の上に手のひらぐらいの大きさで、お店の名前が、白文字で懐かしい字体で書いてある。 ベーカリー喫茶 ori hoshi  店内には私に気づいた、二つの笑顔。いらっしゃ

平凡なタコ

俺なんか、一生誰からも愛されない。 俺は何の才能も個性もない。顔だって整っていないし。 両親や弟とひとつ屋根の下で生活していても、みんな俺に関心なんてない。 学校に行っても友達と言える奴なんかいない。 小学校からの幼馴染みに 「そんな悲観的になるなって(笑)」 なんて、適当に慰められても、何の救いにもならない。 皆いいよね。家族とか、友達とか、恋人とか、周りの色んな人間に愛されて。大切にされて。 俺のことを理解してくれる人なんてどこにも居ない。ひとりぼっちだ、

心を摘む人

 私はある女の子の心の中に住んでいて、彼女の心に生える花を摘む仕事をしている。彼女の心の中にある野原には一面に鮮やかな緑の草が生えていて、いつも柔らかい風が吹いている。そこには毎日花が咲き、私はそれらを摘んで花束を作る。  彼女が笑うとバラが咲く。ピンクや黄色や白、赤やオレンジなど色はその時によって様々だ。彼女が悲しい時や寂しいときは、白くて小さい花が集まったカスミソウが咲く。  「怒り」の花だけは、他の花と咲き方が少し違う。まずカスミソウが咲いてからすぐ枯れて、そのあと同

今年の冬は彼女のために #月刊撚り糸

国道沿いから一本外れたトウカエデの並木道は暖かなまどろみに包まれていた。若葉の木漏れ日が作るまだら模様のアスファルトの踏み心地は柔らかく、5センチヒールの足取りは軽い。半歩前を歩く彼のスニーカーはまだ新品同様に真新しく、春らしい清潔感にあふれていた。 短く明瞭に告げられた「付き合ってほしい」の一言に「はい」と返事をすると、彼はほっとしたようにしばらく沈黙した。私もそれに合わせて唇を引き結び、人通りの少ない道を連れ立って歩く。風にざわめく木々の音をBGMにして、ふたりの関係が

絵本のおうさま

ある日、寝る前にいつものように大好きな絵本を開いたら、そこに描かれているはずのおうさまがいなかった。 ページをめくってもめくっても、どこにもいない。 背景や他の登場人物はきちんと描かれていて、おうさまのいるべき箇所だけ型抜きされたように白い。まるでそんな人ははじめからいなかったみたいだ。 そんなところにいるはずないと思いながらも、なんとなくシーツの下や本棚の隙間をきょろきょろ探していると、不意に絵本を持つ手元に違和感を覚えた。 絵本の背を持って傘の水を飛ばすみたいに何