「京の都に時を越えて」第6話〘織姫の紬〙
カタン、カタンと耳に心地よく響いてくる、はた織りの音。これが、西陣織を産む町。
七夕の夕方。紬と奏向は、西陣を東に晴明神社へ向かっていた。
上七軒や天満宮もだけど、こんな有名な場所が、私のマンションから歩いていける距離にある。
さすが、京都。
陰陽師・安倍晴明の屋敷跡、その神社の鳥居にはトレードマークの星がついている。その奥に、七夕飾りの笹が飾ってあった。
時空を越えてくる彼に、よく合う場所だよね。
紬は笹の中から、誰かの書いた願いごとを手にとった。
「織姫と彦星って、年に一度しか会えないの切ないね」
奏向は一瞬押し黙ってから、言った。
「一年に一度でも会えるならいいじゃないか」
「え……」
吐き捨てるような声音に、紬は少し戸惑った。
奏向には、誰かもう会えない相手でもいるんだろうか? 紬には聞けない。
「じゃあお願いごと書こうか」
暗い顔から、パッといつもの様子に戻る。ポケットから複製硬貨を出した。
「小銭くらいなら、使ってもいいかな?」
「気持ちがこもってるんだから、いいかもね」
うん、と言って、奏向は星型の短冊を買った。
まあ、小銭なら奏向製作のでも……。
買ってやれなくて悔しい、という気持ちは新京極の時からわかっていた。紬は素直に短冊を受け取る。
二人は机の上で、マジックのふたを開けた。
ふと紬がとなりの手元を見ると、
《紬が丈夫な体になりますように》
と書いてあった。
思わず、吹き出す。
「うれしいけど、年に一度の願い事なのに欲ないんだね」
「ん? だって仕事とか順調だし。あ、紬は何書いたの?」
紬はぱっと短冊を隠した。
「見せられません」
奏向は小首をかしげた。
「ふうん。恥ずかしい内容? ま、いいか」
奏向は、自分の短冊を笹に結んだ。
「自分の見せられないのに、勝手に見ちゃって悪かったかな」
「ん? そんなんいいよ」
「ごめんね」
「全然大丈夫」
紬は、笹に隠すように短冊を結んだ。
晴明神社から歩いて帰ってくる。
二人で楽しく話す道は、あっというまだった。紬のマンションが見えてきた。
「いいよね、1階が着物店だなんて。さすがこっちの世界の西陣」
ガラスに手を当てて奏向は中を見る。紬もとなりに立つ。
「デザイナーだから、興味津々なんだね」
「うん、着物はくわしくないけど同じ服だし」
店の人は留守だった。
「ちょっと中見ようか」
「うん」
床には、巻物の布。壁には、一面にかけられた着物。奏向は、豪華な西陣織の前に立った。
「こういう派手なのも好きだけど、でも」
そのとなりに飾ってあるつむぎの着物を、衣桁から取った。
「きみには、こういうのが似合う」
その紺色を、紬の身にパサとかぶせた。
「それって、地味ってことかな?」
紬は、少し苦笑いした。
奏向は紬に掛けたつむぎの襟元を、そっと手で持つ。
「綿のように見えてしっかりとした絹。はじめはこんなふうに固い素材だけど、着こむほどに味が出てくるつむぎ。オレは好きだけど」
その笑顔は、いつもよりしっとりとしている。
紬の胸は、高鳴る。私の肩に掛けられている着物。
これは、織姫の織ってくれた紬なのかもしれない。
「でも、未来のひとなのに着物に詳しいね」
「いやでも詳しくなるよ、つむぎにだけは」
大きな手がつむぎの着物をそっと取って、衣桁に戻した。
……これは、はまるのかな、深みに。
紬は、顔を天井に向けた。和の電灯が部屋を照らしている。
まあ、とっくに、はまっているのかもしれないけど。私は。
「衣食住の衣も大事だよ。人間が想いを込めて織った布は、心にもいい」
「そっちの世界の布は、どんなの?」
「微光沢や輝くのが多いかな。布地を織る時フードプロのように、人間に不要なものは排出されてるよ」
「そうなんだ。……なら、あの、図々しいかもしれないけど」
紬は一瞬考えて、また口を開いた。
「良かったら、私の服何着か、作ってもらえたら嬉しいな」
奏向は目を見開いた。
「図々しいお願いだよね。その、お金は払うけど」
「要らないよ。使いみちないし」
「あ! そういえば、フードプロダクターも高価なの?」
「高価だよ」
「ああ! やっぱり」
「ウソ。どの家にもある。たいしたことない」
いつもいる着物店の店員が、ガラスの向こうに歩いてきていた。二人は、店から外に出た。
「紬、お金とかいっさい言わないで」
「でも」
「この世界で何も買ってやれないんだから、未来のものくらい贈らせてよ。あ!」
忘れてた、と言いながら、奏向は上着のポケットに手を入れた。
「はい、これ作ってきた」
「あ、これ、新京極のとそっくり……」
白と水色。花のかんざしだった。
「でも、お店にあったのより、素敵かもこれ」
少し固くなっていた奏向の顔が、ほっとゆるんだ。
奏向が帰り、いつものようにひとり過ごす夜。
紬はベランダに出て外をながめた。
西陣の町の上に、星模様の織物がひろがっているかのような夜空。
「織姫と彦星って、どの星なのかな……」
奏向はこれから私に、服を作って持ってきてくれる。
機織りしてくれる奏向は、私にとって彦星でなく織姫? じゃ、私が彦星?
紬は夜風にあたりながら、フフッと笑った。
「織姫が織ってくれる着物、楽しみだな」
彦星に会えた織姫の幸せが、その肩にずっと掛かり続けているかのようなこの夜の紬だった。
「衣谷さん、お届けものでーす」
次の日の朝、想像より大きな箱をかかえた奏向が部屋の前にいた。
あ、しまった、こんなたくさん作ってきてくれるなんて。ワンルームのどこに置こう。
箱を開けてみると、心配はどこかに飛んでいった。
「あ、さすがツボおさえてるね、すごいかわいい」
「気に入ってもらえた?」
「とても」
クローゼット、奏向の作った服で埋め尽くせる。今までのイマイチな服、全部捨ててしまおう。
「何着かは未来のものも作ってきた。でも今ここでも使えるようにしておいたから」
紬は、未来のトップスを出して広げてみた。
ほどよいタイトなデザインなのか未来は。でも伸び良さそう、定番の重ね着として今も着れる。
「すごい考えられてる、センスいいよね」
「そう、よかった」
奏向が、めずらしく照れている。
「……」
紬は少しだけ、奏向の才能に嫉妬している自分をわかっていた。
才能というより、クリエイティブなことを仕事に出来るその環境に、なのかもしれないけれど。
嫉妬しつつ、同じ服に興味のある仲間でもあり、恋の相手でもあって……。
「えーと、昨日もらったかんざしに合わせて、こんなもの描いてみたんだけど」
紬は、迷いながらもデザイン絵を奏向の前に出した。
「おおー、これは!」
奏向が、あきらかに熱くなっている。
浴衣なら、地味な私でも描けるかな、と。紬は少し緊張しながら、感想を待った。
「色のバランスいいよね、紺色ベースに、水色と白の花柄、流線模様、あと……」
素直に誉めていってくれる奏向。
「これはもう、さっそく作ってきて着せたいな」
「作ってくれるの?」
「作るしかないだろ!」
奏向が高揚しているのは、上手い下手ではないんだろうな。拙くても、きっと喜んでくれる。
その笑顔が、自分を認めてくれ好いてもいてくれる何よりの証拠。紬にはそう思えた。
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各話へのリンク
第1話
https://note.com/lunestella/n/n1f60997fcaa8?sub_rt=share_b
第2話
https://note.com/lunestella/n/n841da540e8fd
第3話
https://note.com/lunestella/n/n4fb09b3362c0
第4話
https://note.com/lunestella/n/n2277f6441660
第5話
https://note.com/lunestella/n/n7b2b9357729e
第6話
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第7話
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第8話
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第9話
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第10話
https://note.com/lunestella/n/nb2a9e6c494b7
第11話
https://note.com/lunestella/n/n9f674af2e08f
第12話
https://note.com/lunestella/n/n4b7fe04557f5
最終話
https://note.com/lunestella/n/n6d81eee4e6eb
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