地方ローカル鉄道の危機に、サブスク制度で存続できないか考えてみる~北海道沼田町の鉄道ルネサンス構想~
「これからの時代は発想の転換が必要になりますよ」
およそ30年前くらい、鉄道会社の新人研修の担当講師からこのように言われたことを今でも覚えている。当時から鉄道事業の経営状況は良いとは言えず、特に地方ローカル線の利用者が少なく赤字体質となっていた。
配属となった現場では、多くの先輩社員から「なんで、うちの鉄道会社に入ったの?」と言われ返答に困った。さらに現在はコロナ禍により全国で路線の廃線議論さえ始まるようになった。
その一方で、近年は気象異常が世界中で頻発し、国内でも豪雨災害が毎年のように発生する。マスコミは「脱炭素だ」「SDGsだ」と公共交通機関の利用を声高に叫んではいるが自動車偏重社会は相変わらずであり、少しくらい不便でもエコな鉄道を利用しようという動きには至らない。
先輩たちの質問に返答するためにも、新人ながらに鉄道利用者を増やす知恵を絞った。沿線人口や列車運行と線路保守に必要な費用を調べて、それこそ発想を転換してひとつのアイディアを考えた。ひと言でいうと「鉄道に会員制度を取り入れて、一定の年会費でその会社の鉄道路線を全線に亘り乗り放題にする」というものだ。考えた当時はそのような言葉も一般的では無かったが、今で言う「サブスク制度」である。
過去に作られた制度が、今の時代に合わなくなったものはたくさんある。周囲の環境が変わっているのに制度を変えれずに固執することで「ひずみ」が生じてしまうのだ。鉄道であれば切符を主とした運賃制度である。自動車など一台も無かった時代にその基が作られているが、今でも「乗車距離に比例してきっぷ料金を支払う」というのが当たり前の考え方である。
鉄道は「大量輸送機関」なので、いっそ乗車の都度ごとに買うことが必要な切符などやめて、会員費で収入を確保すれば鉄道経営が出来るのではないかと当時に考えた。夢物語のように聞こえるかもしれないが、鉄道事業が人件費や保守費など、支出に占める「固定費率が高い」ことを考えると、あながち不可能でもないと考えている。また、時間通りに列車を運行させる日本の鉄道事業者の優秀さを信じての考えでもある。「列(をなす)車」と書いて列車である。基本的に一名の運転士と一名の車掌で列車は運行できる。
会員費で収入が確保されれば、地方ローカル線の赤字収支を憂う必要はなくなる。鉄道のサブスク会員制度を採り入れて、「全線乗り放題」になれば都市部から地方に列車で観光に出かける人は増えるだろう。また、都市部に買い物や遊びに出かけたい地方でこそ会員になりたいと思う人は多いだろう。今、お荷物扱いされている地方ローカル線だが、乗り放題にすれば違う展開になるようにならないだろうか? 弱点が強みに変わるのだ。
それこそ発想の転換だ。
概念的な話だけではピンとこないと思われるため、具体的な内容で少し深堀りしてみたい。現在、ローカル鉄道で一番存続が問題となっているのはJR北海道だと思うので、北海道を例にとって考えてみる。
札沼線、日高線、留萌線そして北海道新幹線の札幌延伸に伴い廃線が決まっている函館線の存続問題がある。今後は「黄線区」と位置付けられている路線についても、今後鉄道会社と沿線自治体とで存続のための協議が行われる予定だ。
国土交通省が輸送密度1,000人未満の路線について鉄道会社と沿線自治体で再構築協議会が、これから全国で始まることになる。協議の目安は3年間とされている。
だが、現状の鉄道制度では、ローカル線の赤字体質は変わらず誰かが穴埋めをしなくてはならいため、協議は難航し赤字額を少しでも少なくするためにバス転換が提案される路線も出てくるだろう。しかし、バス運転士不足も最近クローズアップされていて容易には進まなくなった。
一番望ましいことは「鉄道利用者が増えて経営的に自立する」ことだが、もはやその根本的な議論はすることさえ無意味と捉えて忘れられているようにも感じる。部外者ではあるが、鉄道の存続については多くの人が意見を出し合い、残せる策を見つけてもらいたいと考えているが、インターネットを覗いているうちに、北海道の鉄道存続にアイディアを出している自治体を見つけた。
沼田町という人口3,000人に満たない自治体であるが、「座して死を待つ」より、北海道の開拓精神(フロンティアスピリッツ)で新しい鉄道像を提案したように感じた。「JRに乗り続け隊」というメンバーを募集し列車利用のイベントを行ったり、「鉄道ルネサンス構想」という斬新な提案を留萌線の廃線危機に対してJR北海道に逆提案しているのだ。その提案は沼田町のHPでも見ることが出来る。
鉄道収入を運賃収入から会員費に変えようとする考え方は私が考えていたものと同じである。が、営業収入426億円を単純に北海道全人口の530万人で除した金額は8,000円/人とされており、数字だけについて正直な感想を言えば、この数値は、いささか大雑把すぎるような感じがする。
そのため、ここでは自分なりにとなるが、
コロナ禍前H29年度の営業費用1,155億円(在来線のみ)・・・①
で考えてみる。この金額でも満足な鉄道事業が出来ているとも思わないが、現状レベルの路線、ダイヤは維持できると思う。
また、会員費が一律に皆同じ金額ということにはならないので、利用状況による会員費の差は当然設定しておくべきだろう。この点は沼田町の提案でも利用出来る日数や、利用出来る時間帯で会員設定を分けるように提案の中で言及されている。
しかし、各会員設定の料金(会員費)まで踏み込んだ計算はされていない。アイディアだけを鉄道会社に投げて細かいところは考えてもらいたいと願っているのだと思う。確かにその通りであろう。最終的な料金設定や利用条件など、鉄道のことは鉄道会社が考えないといけないのだから。
それでも応援したいという気持ちをこめて、勝手ながらこの提案にどの程度の実現性があるのか考えてみる。
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検証は以下の3段階設定でシミュレーションで行う。あくまでも希望的な数値を用いているが、大量輸送機関である鉄道を最大限に利用できるように料金は極力おさえて未来における公共交通の役割を果たしてもらいたいと考えている。
①制限なし(会員費15万円/年)・・・全線が乗り放題。対象者として通勤・通学者を想定。12万円(月1万円)+3万円(乗り放題費としての追加額)として設定。
②利用日制限あり(会員費3万円/年)・・・全線が乗り放題。1週間における利用日数を制限し、日数により変動制の料金とする。シミュレーションでは週2回利用で3万円と設定。
③利用時間制限あり(会員費3万円/年)・・・全線が乗り放題。ただし、利用時間を10:00〜16:00のみ入場可の条件つき。通勤通学の利用目的としない日昼の利用するための設定。
そして各会員設定における会員数の想定については、とりあえず沼田町に倣い、北海道全人口530万人でシミュレーションしてみる。各会員の加入者の率(5%、20%)はあくまでも希望的な数値である。
①制限なし会員:15万円×530万人×5%=39,750百万円
②利用日制限会員:3万円×530万人×20%=31,800百万円
③利用時間制限会員:3万円×530万人×20%=31,800百万円
①+②+③の合計は1,033億円となる。
この金額を基本的な収入として、別途販売する指定券や各種のオプション権利費用、そして鉄道会員以外の利用者からの切符運賃収入などが追加されるので、現在の収入を上回ることも期待できると考える。
区間や時間帯では乗客が列車乗車人員のキャパを超えることも想定されるので、追加的な制限を行うこともありうる。また指定券はどうしても座って移動したい場合に購入する考えに変更なしである。
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ここまで読んでいただいてどのように感じたかが気になるところではあるが、この改革を実現するためには、もっと細かい利用制限や会員費設定など、もっと細かい設定をアンケートする必要がある。
ただし、インバウンド需要に頼るのではなく、北海道に住む人そして北海道が好きな日本全国の人が、「北海道の全線を1年間に何度でも楽しめる鉄道会員」は現状の鉄道より魅力があるのではないかと信じたい。
近距離の移動に関しては自家用車に対して利便性では敵わないと感じるが、中長距離の移動、しかもそれが一定額で可能となれば、今からでも鉄道の有利性が出てくると思う。(私は高速道路の長距離運転は苦手です。特に片側一車線の区間はあまり速度を出せないので後続車両に追われるみたいに緊張します(笑))
もちろん、現状の鉄道での利用状況を鑑みれば、最初からこれだけの会員数は望めないかもしれず、現状で列車の利用者減から本数も少なくなり、既に鉄道をあきらめてる人、自治体も多いかもしれない。
そのため、鉄道を再生するには鉄道会社に期待するだけでなく、オール北海道民が互いの立場で出来ることを頑張り、鉄道での移動で楽しめるように町つくりを行う必要がある。それは個人だけでなく、企業、学校、官庁のそれこそ産官学が一体となり持続可能な公共交通通勤を今からでも作っていかなければならない。
そのために、まず「新しい鉄道を創造する」必要があるということだ。
実際は既に線路が無くなった自治体の人が鉄道会員に加入してくれる可能性は低いと思われるが、全人口530万人ではなく、JR北海道の「沿線自治体人口」を対象とすると下表のとおり、449万人で考えてみる。
会員費および加入率を同条件で考えると860億円となるが、この合計の収入額が最大となるように、会員費と加入率による会員数の積で算出される合計金額が最大となるように設定する必要がある。会員費は高すぎてもダメ、低すぎてもダメということだ。
ここでひとつ沿線自治体にお願いしたいが、ローカル線を蘇らせ、維持するために沿線自治体には支援をしてもらいたいと考える。現状でも線路維持の支援を自治体に要請しているケースはあるが、この制度における支援というものは、「鉄道会員に加入する住民に対して会員費の補助」を検討してもらいたいということだ。線路を維持するためにお金を負担しても鉄道利用者は増えないが、鉄道会員費補助を行えば会員に加入した住民の方には会員パスが手元に残る。そのパスで住民の方が鉄道を利用することで鉄道の活性化が図れるはずだ。まずは列車に乗ってもらって、少しずつ列車を利用する人を増やしていきたい。そうしなければ、鉄道への支援は長く続かない。
また沿線自治体には、鉄道利用者が駅で降りた場合に、楽しい街づくり、駅からのアクセス手段について、少しずつ改善してもらいたいと切に願う。確かに自動車は便利な乗り物であるが、偏重した自動車利用そして自動車利用が前提のまちづくりを是正しないといけないという考え方に基づいている。
この制度の利点のひとつは、鉄道会員は定期利用なので、途中下車が何度も可能になるということだ。列車の乗客が降りたいと思えるような自分の町の駅を、沿線自治体は競って整備していただきたい。
そして、ここからこの新しい鉄道の可能性になるが、もし、北海度の鉄道(今回は在来線に限る)が自立できれば、全国の鉄道についても同じ考え方ができるかもしれないということだ。日本は良くも悪くも自動車が普及する前に鉄道路線網が全国に敷かれた。今はその広い路線網が仇となっているが、新しい鉄道では鉄道路線網は広ければ広いほど鉄道会員には魅力になるからだ。その点は各鉄道会社の協力、連携に期待したいところとなる。
何度もお伝えしたいが、鉄道の最大の特徴は大量輸送機関であることだ。現状では自家用車を持つ家族で移動するのであれば、料金と利便性で鉄道が優っている点は少ないかと思う。しかし、今後の生活では過度な自動車利用は現代における最大の課題である二酸化炭素排出で問題にもなりかねない。電気自動車へのシフトが進んでもいるが、その電気を生み出すエネルギー問題は先が見えていない状態でもあるのだから。
鉄道会社は会員勧誘については積極手に営業戦略も図れるし、会員が増えれば維持だけではなく利益についても出てくるものと考えます。
鉄道会社、自治体そして鉄道会員の三者が互いに協力すれば、きっと今からでも新しい鉄道を創造できると信じたい。今、線路を安易に廃線してしまえば、再興する可能性は限りなくなる。今こそ、鉄道の再生を多くの人が考えて、これからの地球環境と経済の両立を考えなければならないと訴えたい。そのための移動手段として鉄道は最適な交通機関になる。
当時の先輩たちに今、答えたい。
「この会社に入ったのは新しい鉄道を創造し、実現するためです」と。
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