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人類史

 〈一個人〉が人類から生まれ、やがて、人類を前にしては自ら生きていけないことを知り、〈一個人〉は自ら行為に身を投じてそれを生業とし、そうすることで〈一個人〉としては死んで、人間、人類になる。その後はずっと人類のままである。もう誰も、その者自身も、その者の個的人格には興味を持たない。そうすることで様々な価値や物が創造されていく。私的桎梏を抜け出して何かを成し遂げる者の姿は、まさしく人間でる。しかし、

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 琵琶湖沿いのとある神社から2,3kmほど山間へ歩いて行ったところに、何やら奇妙な施設があるとか。林の中にぽかんと空いた日向の開け、四本の立柱に張られて宙吊りにされた大きな十字架が一つ設えられている。その十字架は水平より少し斜めに傾いているらしく、ちょうど人型が足を下にして宙に横たわっているような相を呈しているそうだ。そう、それはベッドなのである。

 隅の方に小さな小屋があって、そこに管理人も常

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墓碑のポリフォニー

 みな、死んで、墓碑になり、そのそれぞれの墓碑は、それぞれの遺した言葉と、音楽と、絵と、すべての外化を湛え放っている。もう誰も生きておらず、永遠に吹きすさぶ風と埃の中で、一つ一つの立方体の墓碑が、何度も繰り返し自分のパートを、それぞれ長さもてんでバラバラな自分のパートを歌う。そんな風だから、ごちゃごちゃと騒がしかった辺り一帯は、或る時突然、奇蹟的なタイミングの一致によって、コーラスに聖化される。そ

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一人だけの秘密

 夕日を背にして土手沿いの一本道、吉沢はついにその背中を捉えた。紛れもなく、早瀬の後ろ姿である。この半年のあいだ追い続け、夢にまで見た背広である。振り返ってこちらを眩しそうに見やるその顔は、吉沢にとってはもはや呆気なささえ催すものだった。

「こんなところで何やってんだ」

 吉沢と早瀬は同じ捜査チームに配属されていただけでなく、長い親友であった。半年前に追っていたのは、「雉工業」と呼ばれる、政府

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