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自分が凡人であると言う現実と、折り合いをつけられない苦しみ。

時々、各web小説サイトの人気作について研究していた。
特に今日は、時間の多くを費やしじっくり検証してきた。

タイトルやあらすじ、世界設定、人物設定、ノリの良さ、語彙力表現力、面白さが、自分のそれとは格の違いを見せつけられた。

自分は7年以上書き続け、時間の多くを執筆に費やし、映画や漫画、小説などにも触れてきた。色んな作品を参考に読みインプットを受けたり表現や語句などについて調べたりしてきたが…

自分は、どんなに頭を捻っても、研究しても、俊敏なタイトルが思いつかないし、あらすじも人の心を掴むものとは程遠く、文章表現力や語彙力は在り来りなつまらないものとなってしまう。

小説にしても、絵にしても、
人気作と自分の作品を見比べてみて、自分がどんなに頑張っても凡人である事を見せつけられたような気がした。

私の作品は日陰のままで、趣味で終わりそうな気がして怖くもなる。

喪失感を悟ってきたりもした。

それなのに、アイディアが色々湧いてきて想像し、可能性を感じてしまうのは、本能では認めたくはないからなのだろう。

だが、がむしゃらに夢を追い続けることに疲れてきた。

凡人であることに気づいてからがスタートだとか言う人もいるけど、まず、自分が凡人であることを認めて、理想と可能性のハードルを低くし、地に足を着いた現実的な生き方をした方がいいのだろう。

周りの大多数の人間は、そういう感じの人ばかりだ。何気ない日常に興味関心を抱き、それから幸せや楽しみを見出して生きている。

だが、私はそういうのが、つまらなく受けられれない人間だ。

凡人以下なのに、理想が高くアイディア湧いてきて可能性を追い求める自分の脳が苦しくもある。100分の一から1000分の一の確率でも、もしかしたら…後悔するかもなどと前向きに考えてもしまう。

本当は、自分の作品が日の目を見たいし、評価され応援だってされたい。ずっと日陰のままなんて嫌だ。受け入れたくはない。

だが、現実は厳しい。小説にしても絵にしても、売れるようになり知名度上げるには2000分の1から100分の一の熾烈な争いを勝ち抜いていかなくてはならない。
継続させるのは、1000分の一位らしい。

自分が、如何に井の中の蛙なのか思い知らされる。

周りに苦しみを相談しても、大抵の人は現実的思考の持ち主だから理解はしては貰えないことだろうから孤独でもある。

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