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新型コロナと紛争 「必要なのは資金ではなく、戦争が終わること」


こんにちは🕊

パンデミックが続くなか、紛争地や途上国など、感染に対応する能力の十分にない地域の状況を懸念する声が高まっている。


医療制度の整っている国でも感染拡大を防げない状態が続いている。後で詳しく説明するように、こうした地域の人びとは大きな困難に直面している。

だが報道を追ったり、イベントなどでいろいろな人の声を聞くなかで、感じたことがある。
これらの場所で人びとが戦っているのは、パンデミックではないのではないかということだ。

今日は筆者がカバーしているリビアのほか、シリアやイエメンなどの話も少し交えながら、新型コロナと紛争について考えてみたい。

リビアの状況
40年続いたカダフィによる独裁体制が2011年に崩壊。その後、新たな政府樹立を巡り国が分断状態にある。現在は首都トリポリを拠点し、国連の仲介で作られた国民合意政府 (以下GNA)と、東部の都市トブルクを拠点とする政府(以下HoR)、二つの「政府」が正当性を主張し合っている構図だ。
HoRとつながりを持つハフタル将軍率いる勢力は2019年4月、首都トリポリへの侵攻を開始。GNAに忠誠を誓う民兵組織などがこれに応戦し、軍事衝突へと発展した。 GNAにはトルコ、ハフタル勢力側にはUAE、ロシアなどがつき、軍事支援などを行っている。6月にハフタル勢力は首都から撤退を決めたが、爆撃や戦闘は終わっていない様子だ。


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パンデミックと紛争

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まず、リビアの新型コロナの状況を見てみる。
WHO東地中海事務所によると、6日時点で確認されているリビアの新型コロナ感染者は239名。1週間で新たに確認された感染者の数は100名以上。
同国で最初の感染者が確認されたのは3月末。直近 1週間で、これまで約2ヶ月分よりも多い数の新規感染が発覚したことになる。

検査体制が整っていないことなどから、実際の感染拡大の規模は把握できていないとする見方も強い。


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紛争が続いてきた場所で、パンデミックの発生は人びとに大きな影響を与えている。

1. 弱い医療制度
リビアのような紛争地では、既にインフラや統治機構が破壊されていることも少なくない。
新型コロナにより「医療崩壊」が起こる以前に、「崩壊」するような医療制度が存在しない状態だ。

トリポリの病院で働くモハメド医師は、3人の新型コロナ感染者の対応に立ち会ってきた経験を振り返り「ほとんどの医療関係者は感染症の対応について全く訓練を受けていないため、みんなパニック状態に陥っている」と話す。「どうしたら良いか誰も分からないために、みんな勘を使い、自分たちが正しいと思うことをやるしかない」


2. ソーシャルディスタンシングが不可能
特に紛争により生まれた国内避難民や難民にとって、十分な物理的距離を取ることは難しい。避難先の建物やキャンプでは、多くの人が密集していることが多いからだ。


物資の不足により、手を洗うことすら叶わない人びとがいる。
イドリブをはじめとしたシリア北西部には、戦火を逃れた多くの避難民がいる。だがこうした人びとの暮らすキャンプは、水さえ十分に確保することが難しい状態にあるという。

もちろんこれは、シリアだけの話ではない。


3. 援助の停止
新型コロナ感染拡大の影響で、国際援助が一時的に止まるということも起きている。
国連は4月、1億1700万人以上がはしかの予防摂取を受けられない状態にあると警告。この時点で既に24ヵ国で予防接種のキャンペーンがキャンセル。影響はさらに13ヵ国にも及ぶ予定だという。


内戦と代理戦争の続くイエメンでは、国連による援助プログラムの7割以上が停止または規模縮小に追いやられている。新型コロナと資金不足が原因。



4. 医療従事者への攻撃

リビアでは4月から5月にかけて、医療従事者への攻撃が急増した。

同国では2020年に入って、少なくとも17回の医療施設への攻撃が発生。
国連リビア支援ミッションなどの情報を総合すると、同国では2019年4月以降、医療施設が30回以上攻撃の被害に遭っており、うち半分以上が今年起きたものということになる。


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こうした状況を「利用」する動きもある。
トルコはリビアやイラク、パレスチナといった人道危機が起きている地域に国旗のついたマスクや防護服などを生産。リビアやイラク、パレスチナといった人道危機が起きている地域のほか、欧州、緊張関係にあるイスラエルなど60か国以上に送っている。

同国はパンデミックのなか、世界で3番目の援助国になっているとの試算もある。外交関係の修復のほか、プレゼンスを高めるための手段として利用しているのではないかという指摘がされている。

欧州には現在も多くの移民・難民が押し寄せている。
イタリアなどの国は、「安全が確保できない」として港を封鎖。地中海を渡る人びとがシェンゲン域内に入ることを阻止してきた。
感染防止のためには必要な措置であるとの見方がある反面、こうした状況を口実に、移民・難民の規制を強める政策へ向かっているのではないかという指摘もある。


パンデミックを利用した「停戦」の呼びかけも行われている。グテーレス国連事務総長は3月、声明を発表し「私たちの世界はCOVID-19という共通の敵に直面している」と訴えた。

現実には一時的な停戦が実現した国がある一方、リビアのように紛争が続いたり、激化している場所も少なくない。


新型コロナのことは、ほとんど言及されない

筆者は5月後半、紛争国に関連する3つのウェビナーに参加した。うち2つはリビア、1つはシリアについて。
多様な専門家や当事者の話を聞くなかで、気づいたことがある。この時期にあって、新型コロナについてほとんど言及されていないということだ。

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ウェビナー内容の要約はこちら

パンデミックがリビアの紛争や人びとに与える影響について考えるため、21日にオンラインでシンポジウムが開かれた。
主催はグローバル政治について扱うウェブメディア、 openDemocracyと、英国とリビアに拠点を置くNGO、Lawyers for Justice in Libya
登壇者は両団体による連載、"Libya: between conflict and pandemic"の記事の執筆者4名。いずれも研究者やNGO職員などとしてリビアに関わっている。

ウェビナーでは先に述べたように、リビアでは4月頃から2011年のカダフィ 体制崩壊後、最大規模の攻撃が行われてきたことが指摘されていた。
だが話題のほぼ全てが、戦争犯罪が問われていないこと、紛争で弱い立場にある女性や移民・難民がさらに困難に直面していることに終始。

新型コロナにより、既に弱い立場にある人にしわ寄せがいくことはあるかもしれない。だがパンデミックがあってもなくても、「暴力」が起きていることには変わりがない。
このことが強調されていると受け止めた。


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ウェビナー内容の要約はこちら

リビアの政治分裂や戦争、諸外国の動向について考えるためのウェビナーは、26日にも開催された。
主催は英国のシンクタンク、王立国際問題研究所(チャタムハウス)。登壇者はリビアに関わる研究者や実務家4名。うち2名は21日にも登壇している。

ウェビナーで議論されたのは、国内の分裂、国際社会による人権侵害の黙認など。COVID-19の話は全く出てこなかった。


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31日には、シリアと人道支援について考えるためのウェビナーに参加。主催は同国で人道支援などを行っているNGO、Stand with Syria Japan (以下SSJ)。現地スタッフと通訳、理事長のパネルディスカッション形式で行われた。

COVID-19に関連することとしては、シリアがトルコ国境が閉鎖され、物資が入らないことが取り上げられていた。

他方、繰り返し強調されていたことは、アサド政権・ロシアの爆撃により、人道支援が意味をなさない状態になっているということ。
「自立を目指す支援をしても、すぐに生活基盤が破壊されてしまう」 、「まずは爆撃を止めないと


新型コロナの話題が出てこないということは、ソーシャルメディアなどを通して紛争地の人びとの声を少ないながらも聞くなかで感じていたことでもある。


相手は新型コロナではなく、暴力と国際社会の沈黙

日本では毎日、TVや紙面から会話まで、新型コロナの話題で持ちきりだ。
だが日本よりも大きな打撃が想定される場所のことを考えるとき、なぜここまでパンデミックの話が出てこないのだろうか。

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筆者が感じていた違和感を言語化している記事があった。

イエメンで支援活動を行うため6月2日、国連とサウジアラビアが24億ドルの資金を集めるための会議を共同で開催した。

サウジアラビアは有志連合を主導して暫定政権を支援。イエメンに大きく介入してきた。市民に対する爆撃も行っており、国際法に違反するとして批判を受けてきた。資金集めは、こうしたイメージを払拭するためなのではないかと指摘されている。
記事は国連が会議を共催することで、サウジアラビアの行動に正当性を与えていることにも疑問を呈している。

執筆者であるアブデュルアジズ・キラニ氏は「イエメンの人が必要なのは資金集めの会議ではない。戦争と戦闘が終わることが必要」と主張している。


パンデミックの世界で、専門家から市民、政治家まで、このような言葉を聞くことが増えた。
「連帯や協力が必要」、「脅威は迅速にシステムを大きく改革することができるチャンス」 

国連が実施した調査によると、世界中の回答者の95%が「地球規模課題克服のため国際協調が必要」と答えたという。
1月に開始しした調査で、パンデミック以前の回答も含まれると考えられる。

ここで問われるべきは、なぜこれまで「協調」が実現しなかったのかということだろう。

SSJのウェビナーに登壇した現地スタッフのムハンマドさんは、人間の尊厳が奪われ続けるなかでも「どうして活動を諦めるというのか」と話していた。自らも爆撃を逃れ、避難しながら活動を続けているという。「どこに逃げたら良いか、答えはわからないけれど、やるしかない」
そして最後に日本の参加者に対して、「(抑圧されている) わたしたちの側に立って欲しい」と呼びかけた。

もちろん現実問題として、新型コロナに効果的に対処することの難しい地域で起き得ることを予想し、どのように支援するのかを考えることは重要だろう。

それでも、わたしたちが同じくらいの熱量をもって向き合わなければならないのは、パンデミックが起きるまで暴力を放置してきた国際社会の責任、そして今もなお「連帯」をすることができていない世界なのではないか。

紛争地の人びとは新型コロナではなく、暴力や国際社会の沈黙と戦っているのだから。


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ヘッダーの写真は、2017年9月にイスラエルのアラブ人が多く住む町、ナザレを訪れた時に撮影したものです。
子どもたちが明るい未来を描くことのできる世界が訪れることを祈って。


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Also read:

弱者ではなく、強者が生きていられる限り、システムは変える必要がない。そんな世界にいま、わたしたちは生きているのではないか。

新型コロナを受けた日本や世界の動きを見て、考えたことを書いてみました。地球環境やサステナビリティについても触れています。
毎週金曜日、北アフリカのリビア情勢のアップデートを日本語でまとめています。

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