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連載開始『あれもこれもそれも』1. ①
あれもこれもそれも
story1. 呪術的な日常 ①
灰色の視界が紡錘形に開けていく。カーテンから漏れ入る一条の光りが、やがて扇のようになって僕らの体を横一文字に切り裂こうとしていた。大丈夫、人体切断マジックのようなもの。僕らの朝を彩る演出の1つだ。右耳にミルクティーのような寝息を感じて首を傾けると、そこには見慣れた男の寝顔がある。ふと自分の口の中に甘だるいアルコールの匂いが残っていることに
小説『あれもこれもそれも』1. ②
あれもこれもそれも
story1. 呪術的な日常 ②
メッセージを送ってきた男たちは無視して、スクロールしていくアプリの画面をぼんやりと眺める。ふとスーツ姿で真面目そうな男に目がとまり、彼のプロフィールを開いてみる。そこには〈後腐れなく遊べるセフレ募集!〉とだけ書かれ、その文言以外に彼の人となりが分かりそうな内容は何一つ示されていなかった。僕はまた肩を落とす。肉欲全開の出会いを斡旋するアプ
小説『あれもこれもそれも』1. ③
あれもこれもそれも
story1. 呪術的な日常 ③
「拓人、今日大学は何限から?」
髪ぼさぼさでパジャマ姿の恋人は、朝一緒に過ごす時間の中で少しずつ存在する世界を変えていく。この会話が進むにつれて、僕のいない世界を見つめる眼になっていく。少し寂しくもあるけど、その過程を見られることはたぶん僕だけに与えられている特権だから、実は少し嬉しかったりもする。
「木曜は2限だけだよ、前にも言ったじゃ
小説『あれもこれもそれも』1. ④
あれもこれもそれも
story1. 呪術的な日常 ④
自宅アパートの駐車場に車を停め、部屋の中には入らずそのまま自転車置き場に向かう。ちょうど隣部屋に住むカップルが部屋から出てきて、外階段の踊り場でキスをしているところだった。結構ディープなやつだ。こちらも朝の別れ際か。以前、僕が女友達を部屋にあげた日の翌朝「彼女さん来てたんですか〜?」と、あっけらかんと聞いてきたカップルだった。地方で大学の
小説『あれもこれもそれも』1. ⑤
あれもこれもそれも
story1. 呪術的な日常 ⑤
2限の授業開始時刻5分後くらいに講義室に入り、出入り口に近い後方に座る。3年生でとる教養科目なんてこんなもんだ。この講義は毎回、黒板に〈呪術と宗教を切り分ける〉と大きな文字が書かれてから始まる。その文言が、真面目な授業をやっていますよ、というアピールであることは3回目の講義を受けたくらいで気づいた。今日も「呪術は万人に解放されている」とか
小説『あれもこれもそれも』1. ⑥
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 ⑥
高架に沿った道から脇にそれると、すぐにコンビニエンスストアの電光の真下に着く。それは整然とした駅前通りと、区分けされたことでかえって淫靡な雰囲気を醸し出している新しい歓楽街との境目を、孤独に照らし繋いでいるものであった。コンビニの隣にあるビルの裏手に回り、おしぼりが大量に入ったビニール袋を1つ手にとって
小説『あれもこれもそれも』1. ⑦
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 ⑦
僕は首を傾げるようにママに頷いて見せ、常連客の方へ向き直った。彼は最近、店の女性を差し置いてまで、僕と話をしたがる。ボーイが客に好かれることは珍しくはない。この店に来る客はみな、後輩のような存在が好きだ。頷いて、黙って話を聞いて、一切反論することなく、ときおり目を見張って賞賛してくれるような、そんな人間
小説『あれもこれもそれも』1. ⑧
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 ⑧
「ねえ、芳彦は誰かを憎んだことってある?」
「えっ、憎む……ないんじゃないかな、多分。そんなことある?」
「そうだよねえ、普通ないよね」
バイトが早めに終わって、芳彦が寝てしまう前に僕もベッドに潜り込むことができた。今日、常連客に言われたことを自分なりに噛み砕いてみたが、自分の中に〝憎しみ〟という感情は
小説『あれもこれもそれも』1. ⑨
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 ⑨
教授の講義は上の空で聞いていたのだが、主に呪術の具体的手法ばかりを話していたことは雰囲気で感じていた。おそらく、動機や源泉のようなものについては話されていなかったかと。勝手なイメージだけど、そこには〝憎しみ〟も含まれるのではないかと思っている。もし健斗に対する名付け難い感情が、呪いとかいう得体の知れない
小説『あれもこれもそれも』1. ⑩
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 ⑩
今宵の客たちはなかなか帰りたがらない。土曜日の『つれづれ』はほぼ満席状態だ。ママ、メグミさん、そしてアキコさんがそれぞれのテーブル席やカウンターで接客をし、僕はその間を駆け回っていた。健斗は数分前にビールサーバーの樽を取りに外に出て行ったきりだ。なかなか戻ってこないことに苛々していた。件の常連客の前に女
小説『あれもこれもそれも』1. 11
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 -11
洗い物を始めようと流し台に両手を突っ込んだそのとき、「なかなか良かったよ」と常連客が僕の演奏を讃えてきた。手を髪に付けぬよう後頭部を掻く仕草をしてから、チーズがこびりついた皿を手に取った。彼は僕の挙動の1つ1つに温かい視線を向けてくるようで、そして改めて声をかけてくる。
「拓人は柔らかい感性を持って
小説『あれもこれもそれも』1. 12 最終話
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小説『あれもこれもそれも』
story1. 呪術的な日常 -12 最終話
客たちが少しずつ帰り始め、ようやく流し台の前に腰を落ち着けた。健斗が次々と洗い物を運んできて、自然と僕の手も早まる。
音楽や詩に造詣の深い常連客の話は各国、各時代を巡って放浪していた。彼のそこはかとなく虚ろなガラス玉の瞳が、温かみから熱っぽさを宿すように変化していく。酒のせいか、できればそ