ボルネオの最北に住む先住民が守り続けてきた伝統「リナゴ」
ボルネオ島は東南アジア、マレー諸島に位置する世界で3番目に大きな島です。赤道直下に位置するこの島には3つの国の領土、マレーシアとブルネイダルサラーム、インドネシア(インドネシアではカリマンタン島と呼ばれているそうです)があります。
ボルネオ島の最北に位置するマレーシア領サバ州(Sabah)。台風帯の下に位置していることから「風の下の国」と呼ばれるサバには、主に約40のエスニックグループと200以上のサブエスニックグループがいると言われています。サバの北部に位置するクダット地区には、ルングス(Rungus)と呼ばれる先住民が暮らしています。
「リナゴ」って何?
サバに暮らす先住民は、昔から天然素材を用いたかごや傘、楽器など、そして装飾品や銅鑼などの手工芸品を作ってきました。その中でも、ルングス人がリンコン (lingkong) と呼ばれるシダ植物を用いて編んだかごのことを「リナゴ(rinago)」と呼んでいます。
先住民の生活を支え続けてきたリナゴ
リナゴは、その技術が先祖代々受け継がれ、ルングス人コミュニティの中で文化的遺産とされてきた伝統のある手工芸品です。ルングス人が今日まで大切に守り続けてきたリナゴですが、その商いの歴史は、1958年に初めて地元のマーケットで行われた物々交換から始まりました。
1960年代には、干ばつによる影響で米の不作が2年間続き、宣教師の提案で手工芸品として広く売られるようになりました。そして1970年代半ばに、サバ州政府がリナゴに関心を持ち、観光客へのお土産品として推奨するようになりました。現在では州都コタキナバルのお土産店でも販売されています。
就労機会の少ない農村地に暮らすルングス人にとって、リナゴは家計におけるセーフティーネットの一部となっています。
リナゴに使われるシダ植物
リナゴは、シダの茎の表皮と籐(ラタン)を用いて編まれています。ボルネオ島のジャングルにはたくさんのシダが生息していますが、リナゴに使われるシダの種類についてルングス人職人さんに尋ねてみると、ルングス語で「リンコン(lingkong)」と呼ばれていることがわかりました。また、マレー語では「リブリブ(ribu-ribu)」と呼ばれていました。しかし、学名まではわかりませんでした。
文献を参考に調べてみたところ、リンコンはフサシダ科の「lygodium circinnatum」であると記されていましたが(Ahmad&Holdsworth 1995)、Rahayu et.al.(2020)によると、その植物はフサシダ科に属していたが、最近の研究ではカニクサ科に属しているそうです。
Praptosuwiryo(2003)の文献に「circinnatum」について記されていました。この植物は、スリランカとインド北東部から中国南部、東南アジア全体からバヌアツとソロモン諸島で発見されたようです。抗菌特性についても調査されてきたようで、マレーシアでは出産の薬にも使われていたと書かれていました。マレー語では「ribu-ribu dudok」、「ribu-ribu bukit」、「paku jari merah」という別名もあるようです。
現地の方によると、リンコンは藪や幼齢林、ココナッツ農園やゴム園などで、はうように生息しているそうです。職人たちは自分たち自身でリンコンの採取に出かけ、加工、製材、制作に渡る全ての工程を行っています。
伝統を守り、活かす
リナゴには様々な形があります。そのデザインの元となっているのは、昔々にルングス人が使っていた真鍮で作られた入れ物から来ています。
リナゴにも、その伝統の形が表れています。それぞれにルングス語の名前がついており、写真左上から「トゥバウ(tubau)」、平たい円形の「ティノンポック(tinompok)」、左下から「ガドゥル(gadul)、楕円形の「サラパ(salapa)」、「ロングヴァイ(longguvai)」と呼ばれています。
現在のリナゴ職人たちは、伝統を守りつつも、これらを応用しビーズやモチーフを加えたり、現代の生活に合う使いやすい作品も生み出し続けています。
ボルネオ島の最北の地で守り続けられてきた先住民の伝統。その作品一つ一つに自分たちのアイデンティティを守り続けたいという思いを感じます。
〈参考文献〉
Ahmad, F. B., & Holdsworth, D. K. 1995. Traditional medicinal plants of Sabah, Malaysia part III. The Rungus people of Kudat. International journal of pharmacognosy, 33(3), 262-264.
Praptosuwiryo TN. 2003. Lygodium Swartz. In: de Winter WP, Amoroso VB (eds.). Plant Resources of South-East Asia No. 15 (2) Cryptogams: Ferns and Fern Allies. PROSEA, Bogor, Indonesia.
Rahayu, M., Kuncari, E. S., & Setiawan, M. 2020. Ethnobotanical study of Lygodium circinnatum and its utilization in crafts weaving in Indonesia. Biodiversitas Journal of Biological Diversity, 21(2
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