見出し画像

医師の就職活動〜イギリスの医師就職難と無職問題〜

2024年2月下旬に家庭医療専門研修を無事に終え、晴れて自律した家庭医(イギリスではGeneral PractitionerかGPという)になったので、数週間の休みを取ってから4月1日に就職活動を開始した!

てっきり医師不足のため、仕事をあっという間に見つけられると思っていたのだが、現実は違った。なぜかというと、約一年前からイギリス全国では「医師の就職難」という問題が起きてしまい、GPだけではなく専門医の中にも仕事を見つけられない無職の医師も増加したらしい。

どこの国でも医師の需要が高くて失業率は平均より低いはずだったが、ニュース、新聞やBMJ(British Medical Journal)というイギリスの医学雑誌には、就職難に関していくつかの記事が載せられたぐらい深刻な問題になったようだ。

就職難の理由

理由はいくつかあるんだけど、イギリスの医療制度は政府のによって賄われている完全無料医療サービスなので、資金不足が根本的な原因だと考えられている。

1:Physician Associate(PA)の増加・採用と資金不足。

BMJによると、医師と似たよう仕事をより安くこなせるPhysician Associate(看護師と医師の間に存在する新しい職業、いわゆる医師の助手という感じ、略:PA)の採用と出資が主な原因。PAはアメリカには昔から存在していたけど、イギリスでは最近普及し始めた。

PAは特別に保護された資金から給料を貰うので、クリニックにとっては無料の労働者のようなものだ。でも、医師の給料はクリニック自体が払わないといけないので、医師を雇うなら結構なコストになってしまう。この保護された資金は医師の採用には使えないので、コスト削減のため医師の代わりにPAを雇用するクリニックが増えた訳だ。

それに、Physician Associateになるには2年間しかかからないので、医師に比べてPAを大量に作れるし、医学部より短くて総合的に安い。面にコスパが良さそうに見えるけど、実は非効率的で不安な点やデメリットも多いので、ご紹介する。

  1. 医療知識は医師より極めて低くて簡単な病気(風邪など)にしか対応できない。子供、精神病、妊婦、穏和ケアなどに対応できないので、医師が診るのは複雑な患者さんばかりになってしまう。精神的な疲労を避けられないだろう。

  2. 処方箋を書けないので、彼らが診た患者さんの処方箋の全ては残り少ない医師たちに押し付けられることになる。自分の分もあるのに、他人の処方箋も書かないといけないってのがちょっとね。

  3. 医師のように自律的に行動することがないので、常に監督が必要。医学生と似ているかもしれないけど、知識の差は明確で職業としては全く違う。

  4. 家庭医のように患者さんのリストを継続的に責任を負わない。医師が自分と彼らの分の責任を取らなければならない。

  5. つまり、非常にお世話を焼ける存在。

医師を採用するのが最善でそうしたいクリニックは多いだろうけど、資金不足のせいでその余裕がない。

PAに仕事が奪われたと思っている医師も多いので、医師とPAの関係が非常に悪くて常に奮闘している状態。個人的にPAが好きではないし、同僚も同じ意見のようだ。医師としてどうしても敵対心を感じるし、10年以上頑張って家庭医になったのに、2年間しか勉強しないやつに仕事を奪われたら嬉しくない。

その上、PAではなく医師に診てもらいたいと要求する患者さんが少なくはないのも事実。医師への信頼感は結構強いけど、PAは一般人にはまだあまり知られていない新しい職業なので、不信感を抱いているのは当然だろうね。

私は患者さんだったら、やはりPAに診てもらうことを全力で拒否すると思う。医師としてPAの医療判断を疑問に思うし、信用し難い。

以下の記事でより詳しく書かれている。グーグルで日本語に翻訳してもらったので違和感はあるかもしれないが、もし興味があれば是非。

2:東南アジア(インドなど)からやって来た外国人の医師の増加

研修医と専門研修医のプログラムに入るための話なんだけど、他の国と違ってイギリスではイギリス医学部出身者を優先することができない。例えば、オーストラリアやアメリカでは現地の医師が優先され、もし足りない場合は外国人の医師を応募する。でも、イギリスでは数年前から出身医学部・国籍・人種など関係なく平等に扱われることになった。そのため、元々高かった競争率は更に高まってしまい、専門研修医プログラムに入るのがかなり難しくなった。アイルランドの医学部から卒業した私にとっては都合がいいけど、ネットの掲示板を見ると好ましく思っていないイギリス人の医師は少なくない。

3:インフレ

GPのクリニックは一応商売のようなもので電気代や家賃など色々な出費がある。インフレによって出費は増えてしまったので、新しいGPを雇用するための資金が足りなくなった。そのせいで少人数の医師でなんとか頑張っているクリニックはあるし、医師の代わりにPAを採用するクリニックも多い。

政府はクリニックへの資金を増やしてくれればいい話なんだけど、現在の政府(保守党)は何もしなかったし、するつもりもないらしい。7月の選挙で新しい政府が任命されたら状況が変わると予測されているが。。。

4:労働力のバランスが偏っている

マンチェスター、リヴァプール、バーミングハム、リーズなどの大都市は住むのにかなり人気なので、医師が割と多い。反対に、誰も行きたくないスコットランドの地方やコーンウォールなどの辺鄙なところでは不足している。マンチェスターでは一つの家庭医求人広告だけに40人以上が応募している反面、東ケントのような何もないところだと一人二人ぐらいかも。病院の場合、一つの仕事に500人ぐらいが応募していると聞いた。

私はマンチェスターに住んでいるので、就活はかなり苦労していた。

私の就職難の経験

体調不良のため3月の間に休みを取っていたので、就職活動は4月1日に開始して面接で他の医師たちとの勝負で勝ち取って、内定を受けたのは5月14日。転職初日は6月上旬。

2年前まで家庭医求人広告は非常に多く、誰も応募しなかったぐらい就活がすごく楽だった。運が良ければ一人ぐらいは応募したんだろうけど、クリニックにとっては、医師一人だけを雇うのが難しくて常に人材不足だった。数ヶ月広告を出しても働いてもらえる医師を見つけられない、今とは正反対の事態だったと聞いている。

でも今は景気が逆転してしまい、私が住んでいる北西には求人広告はほぼなくなった。たまに月に一つぐらい出たりするけど、40人以上の医師がその一つの仕事に雑踏するので、競争率は中々高いし、無職の医師も増えつつある。

以上に書いた通り、PAの採用と資金不足が主な原因。

就職困難のせいか「何でもいいから仕事をくれ!」というふうに考えている医師が増えてきたので、低給料の仕事とかブラック的なクリニックで妥協する医師は多いだろう。

昔は内定をいくつか受けてから一番良さそうなクリニックを選んで、給料、労働時間と条件など色々交渉したりするのが普通だった。でも、今は仕事を見つけること自体が大変なので、交渉するどころか職場を選ぶ余裕はあまりない。

私が探していた時に広告は全くなかったので、家から車で45時間以内のクリニックの全てに直接メールと履歴書を送りまくっていた。テニス肘にかかったぐらい200通以上送ったかな。その中にほとんどのクリニックは返事しなかったけど、仕事がないというメールも何通か受けて絶望。でも幸いのことに、二ヶ月間の間に7つの面接招待を受けた。

1番目:面接で失敗。理由は不明(知らされていなかった)。

2番目:いい感じのクリニックで二つの診療所に分けている。一つ目はサラリーマンやOLなどの若いオフィスの方が働いているところにあり、多くの患者さんはお金を持っている若者。BBC本社にも近い。もう一つの診療所は低所得層が住む下町。両方のところでシフトができるので、そのバラエティがある。女医も数人いるので、女性の医師としては嬉しいことだ。マネージャーと医長さんも明るくてフレンドリーだったし、オンコール制度もない。面接は割とカジュアルな感じで給料や休み、労働時間などがBritish Medical Association (BMA)という医師の労働組織の安全労働条件に沿っていた。全体的に好印象で第一希望。

3番目:2番目とは正反対、大きな組織で堅くて厳しい雰囲気で男性ばかり。診療所は黒人が多く住む低所得層の下町にあり、英語を話せない患者さんも多い。面接はパネル式(複数の面接官が同席する面接)でOSCEのような試験があり、質問の連発で中々難しかった。給料は聞いても教えてくれないんで、極秘事項だったらしい。イギリスではありえないことなんだけど、そういうことだと言われて驚愕。労働時間は一日10〜12時間、たまに土曜日にも働かなければならない。。。まさかブラック的な企業か?!?(イギリスにしてはね、笑)。BMAの安全労働条件は無論、満たしていない。

結局両方のクリニックから内定を受けたんだけど、個人的に2番目の環境と雰囲気の方が自分に合っていたので、2番のクリニックに決めた。給料を教えてくれないブラック企業のようなところよりも、気楽で親しいチームのようなクリニックの方が働きやすそうだなと思っている。それに、労働条件は2番の方が断然良いし、給料を正直に教えてくれた訳だし、決断するのは簡単だった。

面接の招待は他に四つぐらい受けたんだけど、2番の内定はもう受け入れたので、断ったのだ。どれも家からかなり遠かったし、渋滞や燃料費のこともあるし、2番にして正解だった気がする。

近い将来の目標

久しぶりに働いて給料を貰うのが楽しみ!仕事は決まったということで、来年のうちに家を買う予定なんだ。17歳からずっと賃貸で(もうすぐ32歳)数えきれないぐらい引越し回っていたんで、もう嫌だ。イギリスの不動産屋さんって本当に鬼のような存在で無能な奴ばかり。カツアゲしか得意なスキルがないし、できれば関わりたくないものだ。そして、2匹のうさぎもずっと飼いたくて多くの賃貸アパートだとペットは禁止。

仕事の目標としては、医師の卵たちの先生になりたいな。家庭医として働きながら、研修医をサポートして一流の家庭医まで導いてやりたいなと思っている。イギリスでは「GPトレーナー」、もしくは「スーパーバイザー」だと言うんだけど、いわゆる師匠って感じかな。人に教えるのが好きだし、仕事のバリエーションにもなる。

次の選挙で新しい政府が任命されたら、NHS(英国の医療制度)への資金を増やしてくれると嬉しいけど、今のところ予測はできない。PAの誕生によって医師という職業の価値が低下されたら自分としては悲しいし、患者さんも苦しむだろう。

この記事が参加している募集

#新生活をたのしく

47,902件

#今月の振り返り

13,048件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?