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小説集

27
自作の小説を纏めています。
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記事一覧

「逆迷彩蝸牛」(掌篇小説)

「逆迷彩蝸牛」(掌篇小説)

BFC5に応募しましたが、無念、二次審査通過はなりませんでした。
応募原稿を公開します。

私がやりたいのは、幻想文学だという気持ちが強くなってきました。ここ何年か漫画で描いている内容もそういうものだと思います。

なかなか宣伝できずにいるのですが、漫画の新刊も出しました。
よろしくお願い致します。

薄荷刀と本(小説)

薄荷刀と本(小説)

Chapter01

 刀箭磨は本の町である、といって差し支えないだろう。
 本たちとあらゆるものが共生している。
 ただし、巨大な図書館があり膨大な蔵書数を誇る、大通りをところ狭しと書店が軒を連ねる、出版社が林立し編集者が闊歩する、著述家が多く住み創作の舞台となる、というわけではないのであるが――

Chapter02

 中央図書館の噴水付近で〝顔が本の動物〟が集会をしているのに出くわした。

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夕闇の本(掌篇小説)

夕闇の本(掌篇小説)

 ある人に一冊の本を手わたされた。ページをめくっても、すべて白紙だった。本を目から遠ざけたり近づけたりするように言われ、その通りにした。
 次に彼人が本を持ち、開いたページを私に向けた。そして離れるように指示した。私は言われるがままに少しずつ後ずさっていった。すると、突然ピントが合い、ページに文字が現れた。さらに下がると文字は消えたので、戻って見える場所を調整した。だが本との距離があり過ぎたために

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オレンジの本(掌篇小説)

オレンジの本(掌篇小説)

*昨日公開した漫画の原作小説です。

 電車に乗っていると、ある人物のリュックサックの中からオレンジが溢れ出てくる。乗客たちはそれを拾いはじめる。オレンジには本のタイトルが書かれている。どうして本のタイトルなのかわかるのかというと、人々はその文字を見て、直感的にオレンジが本であると思ったからである。つまり、本(オレンジ)に文字が書かれているということは、本のタイトルである。
 リュックサックの持ち

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蟹走り(掌篇小説)

蟹走り(掌篇小説)

背中合わせで腕を組み、蟹走りをしている人たちがいる。その腕を組んだようすは学生の頃に体操でやったものと似ているが、それに加えて蟹走りをしているのである。
 私がぼうぜんと見ていると、見知らぬ人から「ペアになってもらえませんか」と言われる。私は背中合わせで蟹走りすることなどしたくはなかったが、その人が素敵な人だったので、つい了承してしまう。
 私たちは背中合わせになり、腕を組む。相手の方が背が高く、

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液体Z68(掌篇小説)

液体Z68(掌篇小説)

 ドライブスルーで〝液体〟が販売されている。人々は、それをただ液体と呼んでいる。
 車中のドリンクホルダーに液体の入った紙コップを置いておくと、いつの間にかコップは軽くなっている。一応何者か(たぶん車)が飲んだことになっているらしいが、よくはわかっていない。
 液体の入ったコップが空になると、車から異音がする。下水道を戦車が進むような不快な音である。そういう音が聞こえれば、車が不調であると思うのが

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書雨(短篇小説)

書雨(短篇小説)

Chapter01

 海の方から本の匂いがしてきたのを、八尾鳥アオリは感じた。しかし気のせいだろうと思い直した。なにしろ広くはないこの借家には、数千冊の蔵書があるのである。
 いっぽうで、いつも身近にあって感覚が麻痺しているに違いない本の匂いを、あらためて感じるというのは少し妙な気もした。そして湿度が高いので匂いが留まりやすくなっているのだろうとも考えた。
 彼人は、そのまま日課の読書を続けてか

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壁の都市(短篇小説)

壁の都市(短篇小説)

 パートナーが寝室の壁に絵を描きはじめた。私が、賃貸なのにそんなことをしたら修繕費を取られると苦言を呈すると、彼人は、わかっている、自分が支払いをするから大丈夫だと言った。
 私は在宅仕事のあいまに寝室を覗き、そのたびに絵のなかに小さなビルディングが建っていくのを見た。どういった絵なのか聞くと、街の絵だと教えてくれた。パレットには、ブラックとホワイトとブルーとパープルとイエローが乗っていて、逆に言

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数えきれる言葉(マイクロノベル集4)

数えきれる言葉(マイクロノベル集4)

だいぶ、あいだが空いてしまいましたが、まとめました。
最近はTwitterでも、画像で投稿してみています。

陰鬱なものが比較的多く読まれており、変な気分です。

画像の方がわずかに多く読んでもらえているような気もしますが、時勢柄、みなさん、遊びに行けずスマートフォンを見ている時間が長いだけなのかもしれず、よくわかりません。

(友人が画像の方が読みやすいと言っていたのと、私は縦書きの方が好きなの

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手の写真(掌篇小説)

手の写真(掌篇小説)

 大学構内のカフェテラス(無人販売)で、デジタル一眼レフカメラのディスプレイを確認していると、その人が私の横に立った。
 そして「私の手の写真を撮ってくれない?」と言った。私はいささか困惑した。面識のない人に、いきなりそんなふうに要求されたら誰でも不審感をおぼえるに違いない。
 その人物は――守基(まもき)さんという他学科の同級生であるのをあとで人づてに知った。たしかに目の前に差し出された彼女の手

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Dの口笛(掌篇小説)

Dの口笛(掌篇小説)

 Dが口笛を吹くと、空気の揺れのせいなのか憂鬱な音色のせいなのか、目の前にささやかな幻覚を見せた。

 始めそれは、飴や、時計や、マグカップや、本や、カーテンや、シュレッダーや、ヘッドホンや、林檎や、アスパラガスや、ネジや、金魚など、自分の意図しないものがランダムに発生した。しかし何日かすると、ある程度対象をコントロールできるようになり、半年が経つ頃には自分の任意のものを形作ることに成功した。ペガ

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クルートの電話 他1篇(掌篇小説)

クルートの電話 他1篇(掌篇小説)

「水道水」

 キッチンの水道の蛇口から、海水と一緒に魚介類が流れ出てきた。ハマチやヒラメやアサリや名前も知らない海洋生物たち。それは素敵なことなのかもしれない。いくらでも海の幸をいただけるのだから。しかし、私は真水を使いたいのだ。もしやと思い浴室のシャワーを確認すると、そちらでも海水と魚介類が流れ出て、あっという間に排水溝をふさいでしまった。大きなサバがぴちぴちと跳ねている。

<了>

「クル

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眩暈(掌篇小説)

眩暈(掌篇小説)

 誰も彼もが『羊たちの沈黙』について語り、誰も彼もがグレン・グールドについて語る。みたいな書物たちに疲れたので、石の上に腰を下ろしてじっと陽の光を浴びた。人を殴ったり殺したりしても(そのままの意味でも、比喩としても)なにも思わなければもっと楽に暮らせたのかもしれない。ただ、そういう人を羨ましいとも思わない。足もとから蟻が上ってくるのを肌に感じながら何時間か過ごしたが、悪くなかった。

<了>

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月の読書(掌篇小説)

月の読書(掌篇小説)

 叔父は読書をしに月へ旅行するらしい。
「わざわざそんなところまで行かなくても自分の家やカフェで読めばいいのに」と私が言うと、「人生にはいろいろあるんだよ、時間には限りがあるしね」と微笑んだ。

 何日かして、月の地表を飛んでいる本の写真を送ってくれた。月の書物は、ページで羽ばたき空中を漂っていて、それを捕まえるのだという。メッセージには「こちらは読書と散歩三昧(ざんまい)です。」とあった。私の本

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