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薄荷刀と本(小説)

Chapter01

 刀箭磨とうやまは本の町である、といって差し支えないだろう。
 本たちとあらゆるものが共生している。
 ただし、巨大な図書館があり膨大な蔵書数を誇る、大通りをところ狭しと書店が軒を連ねる、出版社が林立し編集者が闊歩する、著述家が多く住み創作の舞台となる、というわけではないのであるが――

Chapter02

 中央図書館の噴水付近で〝顔が本の動物〟が集会をしているのに出くわした。
 私の日課の散歩は、まず家の前の坂道を上り、町を展望しながらそのまま直進して下ったところにある線路を横断し、橋を渡り商店街を通って、中学校と慰霊碑のある坂を進んで、中央図書館の庭園を一周してからまた引き返す、というのを定番にしている。その途中、四季折々の変化を感じる、買いものをする、といったことはあるのだけれど、今日はいつもとは違う風景に遭遇した。
 図書館の庭園に、顔が本の動物が二十頭ほど集まっていたのである。
 彼らは一般的な動物ではない。刀箭磨には当たり前にいる生きものだが、犬や猫よりは稀少であるに違いない。
 文字通り、彼らの顔は本の形状をしている。表紙には何も書かれておらず、ページも同様だ。その色は白色で、真っ白というよりは少しクリーム色に近いかもしれない。年功を経てそうなるのか、幼獣は成獣よりいくらか白い。顔の本は概ねいつも開かれていて、睡眠時には閉じられていることが多い。しかし開いたまま眠っていたりもする。

Chapter03

 私は目の当たりにしている光景を、誰かに伝えたいと思った。
 ところが生憎、図書館は休館日で周囲に誰もいなかったのと、話をしたい特定の相手がいるわけでもないので、先日ウェブのフリーマーケットで購入したばかりのデジタルカメラ(カールツァイスのレンズを搭載している)に収めることにした。この島の電話端末に付いているカメラは、盗撮防止の大きな電子シャッター音がし、私はそれが嫌で使わない。驚くべきことに外国製のものにまでその仕様を押しつけている。
 私は幼少時に失態をして右の手首から先がないので、左手を使いディスプレイを覆わないよう気をつけながら、広角側で三枚、望遠側で四枚シャッターを切った。(どうしてシャッターは必ず右側にあるのだろう?)
 そして身を潜め、じっと集会の成り行きを見守ることにした。

Chapter04

 はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー

 一般的な猫と顔が本の動物の鳴き声は、似通っているけれど少し違う。顔が本の動物はわずかに震えたような発声である。声を出すときに本のページが波立って、そんな音を響かせるのだろうか。

 はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー

 顔が本の動物の鳴き声は、しばしば身辺的な近未来のインスピレーションを与えてくれる。それは季節の到来だったり、旬の魚や野菜を思い出す(食べたくさせる)知らせだったり、何か小説のアイデア(形而上の言葉や視覚)めいたものだったりする。
 ところが、この声を不吉だとか凶兆だとか言う人たちもいるので、感覚や神経というものは本当にそれぞれだと思う。

Chapter05

 はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー

 今日の顔が本の動物たちの鳴き声は、いつもとは違うように感じる。声の震えが重奏的である。集会が開かれ頭数が多いからということではなくて、一匹一匹に対してそう感じる。ページが平常よりも波打っているのだろうか。きんせいとか金星きんぼしなどを連想させる音感――つまり、何かを期待させるとか予感めかせるとか、そういう鳴き方だ。

Chapter06

 ちなみに、刀箭磨には他にも顔が猫の本というのもいる。彼らは本である(らしい)。にもかかわらず、生命があるかのように闊歩している。本であるから心臓はない。鳴きもせず食事も摂らない。しかし顔が本の動物は、動物であるから食事をする。
 彼らの食事(捕食)は二種類あるといわれている。一般的な意味での食事と、神秘的な食事である。後者は〈第二の食事〉もしくは〈クウコク〉と呼ばれている。

Chapter07

 私は子どもの頃、顔が本の動物に絶対に近づいてはいけない、という両親の言いつけを破り、好奇心を持って撫でてみようとした。
 すると、手は食べられてしまった。いや、この場合は食べられた、というのは適切な表現ではないかもしれない。手はどこかへ行ってしまったのだ。出血せず痛みもなかった。
 住民のやる餌などを猫たちと同じように食べているのは、刀箭磨のいつもの光景だが、何かを空間ごと切り取り喪失させてしまう、この〈第二の食事〉に遭遇するのも、そう珍しいことではない。
 以来、私は右手のない暮らしをしている。右利きだったため、左手で物を使うのに苦労した。
 顔が本の動物の摂食対象は、人間や生物以外にも、鉄や銅や石やコンクリートや樹木や草花や、様々なものにまでおよぶ。

Chapter08

 はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー
 はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー はゃーみゃー

 集会は宴もたけなわのようだ。
 ボスらしい大きな個体が顔を突き出し、より本を開いた。
 一匹、また一匹と、顔が本の動物たちは、そのページに入っていく。

Chapter09

 顔の本は、一説によるとワープ装置だということである。真偽の程はわからない。そうだとして、彼らは一体どこへ行くのだろうか。別の場所に、別の顔が本の動物がいて、そこから出現するのだろうか。しかし、そういう話を私は知らない。また、あれは天国へ行くのだという噂も耳にした。今回、初めて目の当たりにして、そのような言葉が使われるのもわからなくはない。
 けれども私は、噂や俗説とは違う意味で、それらを否定する考えを持っている。

Chapter10

 私は十四歳のとき、もう一度右手、というよりは右腕を少し、細心の注意を払いながら、顔が本の動物に食べさせた経験がある。どうしてそのようなことを試みたのかというと、年月を経ても私はどこかに右手の存在を感じていたからだ。
 右手は完全に喪失――消滅してしまったわけではなく、右手は右手で勝手にどこかで暮らしているだろう。
 私がそう話すと、無い手があるかのように錯覚する幻肢ではないかと言う人がいるが、違うと断言できる。元あったところではない別の遙か彼方に、右手の存在を感覚するのだ。 そうして再び食べさせてみたところ、やはり輪切りになった腕の存在も感じることができた。その場所は右手と連続したところではないように思われた。それどころか、右手とはまったく全然違うどこかにある。もちろん、これらは概念などではなく、物体としての話をしている。(触れられないものを概念ではない、というのも矛盾しているかもしれないが。)
 また右手や輪切りの右腕からすれば、私に対して、私が右手や輪切りの右腕に感じているような認識を持っているのかもしれない。

Chapter11

 顔が本の動物たちは、みな、大きな一個体のページに入っていく。
 一匹、また一匹、また一匹……。
 とうとう最後の一匹になった。私は、その顔が本の動物の心細さを案じた。他のチームメイトを食べてしまい、マウンドでひとりぼっちになった投手のようだ。――そんなことを考えていると、一瞬目が合った。
 とたんに自身の顔に飛び込んだ。
 そして、一冊の白い本が残されたのである。

Chapter12

 私は周囲に気配がないのを確認しながら、ゆっくりと白い本へ歩み寄り、拾い上げた。
 顔が本の動物の白い本を見たのは、初めてだった。以前、黒い本なら遭遇したことがある。それから灰色の本も。
 顔が本の動物は、死んでしばらくすると、椿の花が落ちるように胴体から首が離れる。身体の部分は一般的な動物と同じように朽ちるが、顔の部分は本であるから異なる変容をする。絶命した直後白かった表紙とページは、およそ一週間かけて、ゆっくりと濃度を増していく。白から黒のグラデーションで、だいたい死後どのくらい経過したかがわかる。
 しかし自らの顔に飛び込んで残った本は、黒く変色せず、白いままを保つのである。

Chapter13

 猫がたびたび交通事故死したり、不慮の最期を遂げるように、顔が本の動物も路傍で息絶えているのを発見されることがある。
 刀箭磨では、顔が本の動物の遺体の首から落ちた本を見つけた者は、私設図書館に寄贈するのが慣例となっている。
 この図書館は公営の町立中央図書館とは別であり、住民たちは〈コーヴェ図書館〉あるいは〈コーヴェさん〉と略称している。なお正式名称は 〈コーヴェ・アンネイの図書館〉という。

Chapter14

 コーヴェ・アンネイの図書館を運営しているのは、顔が本の人間たちである。
 顔が本の人間は、顔が本の動物と同じように、頭の部分が本であり、また首から下は、顔が本ではない私たちと同じ体型をしている。
 現在、七百人程度が暮らしており、町の人口の約三パーセントにあたる。

Chapter15

 中央図書館とコーヴェ・アンネイの図書館は、まったく瓜二つの外観をしている。
 木造の古い洋館で、中心部に控えめな尖塔があり、外壁は白く、屋根はくすんだ青色をしている。しかし、あまり大きな建物とはいえないし、看板も出ていないので、一見して図書館だとはわかりにくいかもしれない。
 庭園も似せて造られており、エントランスへ続く中央の通りには噴水があって、敷地内を散策できる小径が整備され、ベンチが置かれている。紅葉やブナの木が茂り、薔薇やミモザが花を咲かせる。
 どういう経緯でこのような奇妙な相似をしているのか、また、どちらがどちらを模しているのか、私は疑問を持ち調べたことがあった。
 ざっと文献に当たったところ、中央図書館の方が竣工が早かった。コーヴェ・アンネイの図書館は四十年前に焼け落ち、再建されたからだ。そして、その外観も現在と同様であるらしかった。では、最初に建造されたのがいつかというと、一八九三年だと記述があり、中央図書館も同じ年だった。(ただし正確な日付を見つけられなかった。)
 ということは、開館はおそらく同時期で、模しているというよりは、建設当初から相似を維持している可能性がある。それにしても、町立図書館と私設図書館を始めから同じ外観で建設し運営する、などということがあり得るだろうか。

Chapter16

 次に、ふたつの図書館でレファレンスを申し込んだ。(コーヴェ・アンネイの図書館には一般的な書物を蔵していないので、正確にはレファレンスではないかもしれない。)
 しかし、どちらの司書からも、私の望む回答は得られなかった。また設立当時の事情を知る者もいないという話だった。
 他にも疑問点がある。あとになって、コーヴェ・アンネイの図書館の司書から連絡をもらい判明したのだが、ふたつの図書館の前身となる図書館が存在していた。私の質問をきっかけに、親族に尋ねてくれたらしい。それによれば、中央図書館は二度、コーヴェ・アンネイの図書館は三度、火災に遭い、以前と同じ外観で再建されたとのことだった。私が調べたのは、そのうちの一回に過ぎなかったのである。
 この話を聞き、再び文献に当たろうとしたものの、やはり資料がほとんどなく、手がかりは見つけられなかった。(資料がないのには理由があり、後述する。)

Chapter17

 私は白い本を持って、コーヴェ・アンネイの図書館へ向かった。
 受付のカウンターには顔が本の人間がおり、たぶん初めて見る司書だった。新人らしさは感じられず、それなりに年を重ねた人だろう。彼らの顔を見て年齢を言い当てることは、私にはできそうにない。
 白い本をバッグから取り出して来意を告げると、司書はタブレット端末をタップして文字を入力し、メッセージを見せた。
 「感謝いたします。私は杢本もくもとと申します」そして、「白い本のご寄贈は初めてですか?」と続け、私は「はい」と答えて、本を差し出した。
 顔が本の人間は話すことができない。顔が本の動物のような鳴き声に近い声は出せるらしいが、言葉を発音するのは難しいようだ。
 彼人かれはうやうやしく本を受け取り、カウンターのテーブルに置いた。
「黒い本を持ち込んだことは、おありですか。」
「四、五回あります」
 今度は書類を作成するために、住所と電話番号を伝え、録鳥ろくとりみどりと署名した。そして彼人はそれを受け取って、デスクトップ端末に入力し、手続きを進めた。
「日付と場所を教えてください。」
「つい今しがた。十四時半くらいだったでしょうか。中央図書館の噴水付近です」
「今日あちらは休館日ですから、白い本が落ちていてもあまり人目には触れなかったのかもしれませんね。」
「落ちていたのを発見したのではなく、動物たちが顔のページに入っていくところを見たのです」
「それは素晴らしい!大変珍しいことです。私は、まだ、その幸運に恵まれません。」
 デジタルカメラのディスプレイを杢本さんに見せた。表情を読み取ることはできなかったが、興味深く覗き込んでいるように感じられた。
「大変貴重な写真を拝見できて、ありがたく存じます。」
「彼らはどこへ行ったのでしょう?」
「それはわからないのです。私たちに第二の食事はできませんから。」

Chapter18

 杢本さんは白い本を少し持ち上げ、表紙や背表紙などを確認し、私に尋ねた。
「以前、黒い本をご寄贈くださったということでしたら、そのときに当図書館の説明をお受けになりましたか?」
「ええ、たぶん。一通り」と私は答えた。
「でしたら、案内は省略いたしましょう。」
「いえ、よろしければ館内を見せて頂けますと光栄です。このようなときにしか入館する機会がありませんし、それにまったく因縁がないというわけでもないのです」
 私は手首から先のない右手を見せた。彼人は特に驚いた様子もなく、ただ察したといったふうに、「かしこまりました。」と文字を打った。そしてPCを操作してデータベースを記入したシールをプリントアウトし、大きい一枚を白い本の表紙に、小さい一枚を背表紙に貼り付けてから、またメッセージをくれた。「まずは礼拝堂に参りましょう。」
 司書は、本と端末を持ってカウンターを出て、付いて来るように促し、私はあとに続いた。

Chapter19

 ロビーの奥には両開きの重厚な木製の扉があり、彼人はそれをゆっくりと押し開け、私を招き入れた。
 中には顔が本の人間がひとりいて、祭壇に向かい手を合わせている。体格からみて老婆だろう。私たちが入って来ても祈り続け、振り返らなかった。
「礼拝堂は概ねいつも解放されています。」杢本さんは端末を見せた。
 その場所は、いたって簡素な佇まいだった。趣向をこらした独特の法具が陳列されていたり、絢爛豪華な装飾品が溢れたりもしていなかった。礼拝堂というより礼拝部屋といった方が印象に近いかもしれない。周囲は白い漆喰の壁に囲まれており、ステンドグラスや彫刻や絵画などもない。中央に祭壇とテーブルがあり、祭壇には神仏は鎮座しておらず、陶器の白い本が祀られていた。図書館という場所が関係しているのかもしれないが、火やお香も焚かれていない。白い本の両脇に切り花が生けてあって、入りきれないのか、正方形の小振りのテーブルにも花瓶がふたつ置かれている。たぶん図書館が用意した花ではなく参拝者が持参したものだろう。
 私が室内を眺めていると、司書は白い本と端末を脇にはさみ、黙祷した。それにならい、私も右手があるつもりで手を合わせた。
 目を開けると、私と同じタイミングで老人も礼拝を終えたらしく、私たちを見て、軽く頭を下げた。そして司書が手にしている白い本に気づき、覗き込んだ。彼人がそれを老人に手渡すと、装丁を凝視し、うやうやしい手つきで何ページかパラパラとめくり、今度は私の方を向き、また彼人を見た。司書はただ無言の質問を肯定するようにうなずいた。老婆は本を返して再び合掌し、心の中で何か唱えていたようだった。

Chapter20

「次は東側に参りましょう」
 ロビーに戻り、玄関から向かって右手の部屋へ移動した。この扉は施錠してあるらしく、司書は鍵を取り出してそれを外し、厳かに扉を開いた。私は立ち止まって、死者たちに黙礼してから入室した。
 一見してクラシカルな内装や書架だったが、他の図書館と雰囲気が違うのは、装丁がすべて黒色だからだろう。本の大きさには、ばらつきがあるものの、整然と並び埃も被っておらず、日頃から大切に保管されているのがわかった。
 彼人は端末に、「こちらが人間の棚、こちらが動物の棚です。」とコメントし、画面の「こちらが人間の棚、」の部分を指さして、その手を右の方へ、次に「こちらが動物の棚です。」の部分を指し、左の方へ向けた。
 それらが普通の本であれば、一冊を手に取り開いてみていたかもしれないが、部外者の私が死者たちの本に触れるのは軽率なような気がして憚られ、少し周囲を見回したあと、人間用の書架の背表紙を眺めた。杢本さんは説明を続けた。
「本には氏名と生年月日・没年月日を記したシールが貼ってあります。昔は白いペンで直接書き込んでいましたが、やはり抵抗がありますので、剥がしても本が傷まないこのタイプのものを使うようになりました。また、分類はいたってシンプルです。棚ごとに年代が違い、亡くなった順に並んでいます。ですから、今まで縁のなかった人の隣で眠ることもあります。時が経てば、生きていた頃よりも、そちらの方が長くなるでしょう。」
 私はゆっくりとうなずいた。そして、いずれ目の前の人もこの棚で眠るのだろうかと考えた。

Chapter21

 それから、杢本さんは人間用の書架の奥の方へと足を進めた。年代ごとに並んでいるのであれば、そこだけ離れ小島のように本があるのはどういう理由だろうと思っていると、彼人はすぐにその説明をしてくれた。また以前来たときには、この棚を案内されなかったことに気がついた。
「こちらは殺人者専用の棚です。殺しの罪を犯した者には、別の場所を用意しているのです。どうして分けるのかと申しますと、過去に何度か、恋愛相手を死に至らしめたあと自死して、ここで隣り合おうとした事件が起きたからです。つまり、当図書館の書架で隣に並ぶことが殺人の動機になりうるのです。そして他人を殺した者だけでなく、自殺者もこの棚に架蔵されます。殺人者の棚、というのも物騒ですから、私たちはMurderの棚――M棚と呼んでいます。ちなみに、前任の館長は罪科の棚と呼んでいました。」

Chapter22

 私たちは黒い本の部屋を出た。杢本さんは扉に鍵をかけ、「次に白い本の部屋へご案内します。」とコメントし、私に見せた。
「ところで、録鳥さんは〈コーヴェ・アンネイ〉の名前の由来をご存じですか?」
「いいえ」
「頭という意味の〈こうべ〉、平穏という意味の〈安寧〉からきているという話です。ただし俗説ですので、確証はありません。」

Chapter23

 来た場所を折り返し、今度は西側の部屋へ向かった。さきほどと同じように、彼人は施錠を開けて重そうな扉を開いた。白い本は死者の本ではないが、私は敬意を示そうと思い黙礼した。
「白い本も寄贈された年代順に並んでいます。持ち込まれるのは年に一、二冊です。多くても三冊か四冊くらいでしょうか。ページに入っていくところが目撃されることはほとんどなく、白い本だけ残された状態で発見されます。録鳥さんは非常な僥倖を授かったのです。」
 私はゆっくりとうなずいた。この図書館で声を発するのには緊張をともない、自然と無口になる。
 白い本の部屋は、黒い本の部屋よりも狭く、書架の数も本の数も少なかった。また白い本にも黒い本と似たシールが貼られていた。ただし、白い本には故人の名ではなく寄贈者の名が記されている。彼人の持っている本には、私の名前が貼ってある。

Chapter24

 周囲を見回すと、壁には一枚の油絵が掛かっており、私はそれに近づいた。噴水の脇のあたりから見た構図の図書館が厚塗りの荒い筆致で描写されている。絵の隅にGayoushiというサインと、1942年の日付があった。
「再建前の図書館ですね」
「そうです。外観は今と同じですが、よくお気づきになりましたね。」
「以前少し、この町のふたつの図書館について調べようとしたことがありまして……」私は自分の興味を話していいかどうかためらいがあり、一瞬、言葉に詰まった。「しかし、たいしたことは、わかりませんでした」
 今度は司書がゆっくりとうなずいた。「この図書館も今でこそ、このような静寂を保っておりますが、時代によっては必ずしもそうではありませんでした。」
「ええ」と私は返事をした。この人も災禍を直接知っているわけではないだろう。
 私は刀箭磨や図書館の歴史を思い出していた。

Chapter25

 私が生まれる以前のことであるが、顔が本の人間たちは〈ハクシ〉と呼ばれ迫害を受けていた。ハクシは白紙と白痴をかけた蔑称である。(今日でも差別は続いている。)
 当時、顔が本の人間は、学校や病院や公園や銭湯など、公共私設の利用を禁じられていた。また公衆の面前で侮辱されたり殴られたりするのは、日常茶飯事だった。一般的な人間であれば、顔の形が変わったり赤く腫れ上がったりしていただろうが、彼らの場合顔のページをズタズタに引きさかれるなどした。そういった暴力は、日に日に凄惨さを増し、遂には複数名の死者を出した。
 じき顔が本の人間たちは、身を隠して暮らすことを余儀なくされた。それでも自称監視者たちが隠れ家を暴き、ただちに殺されるか、隔離所に送られた。
 そして隔離された顔が本の人間の多くが、磔刑のあと火刑に処された。その数は五百とも三千ともいわれており定かではない。
 監視者によれば、「ハクシは人間ではないから殺人には当たらない。くわえて、本来の書物であれば、有益な言葉や文章や情報が記載されているはずだが、ハクシにはそれもない。従って我々はただ塵屑を処分したに過ぎない」と声明があったとされている。

Chapter26

 一時期この凄惨な事件は、ホロコーストかビブリオコーストかと、ピントの外れた物議を醸した。私はそのようなカテゴライズに興味はないが、人権意識の低いこの島で、顔が本の人間は本であるか人間であるかなどと大義や明文などなくても、彼らを殺戮しうることは歴史が証明していると思っている。(それになにしろ、当世にあって国民に人権は不要だと主張する政治家が多数おり、当選させている人たちがいるのだから。)

Chapter27

 また同時期に、ふたつの図書館の本も焚書された。
 中央図書館では、一般的な本や資料がその対象になった。これが原因で当時の資料がほとんど残っていない。前述の資料がみつからなかった理由である。
 コーヴェ・アンネイの図書館では、白い本と黒い本が対象になった。顔が本の人間たちは、それらをいくつかに分け、地中に埋めて隠していた。しかし監視者たちが執拗に探し出し、火を放った。なお黒い本の焚書は〈二度目の死〉といわれている。

Chapter28

 それから、顔が本の動物たちも大量に屠殺された。当初は生きたまま火炙りにする予定だったが、彼らは捕らえても〈第二の食事〉により檻を食べて逃げ出してしまうので、まず殺してから捕まえることにしたらしい。(私はこの件について疑問がある。)
 そうして、顔の本も肢体も、みな燃やされた。

Chapter29

 以上の経緯からわかるように、この図書館には火刑の災禍を逃れた本と、それ以降に収集・遺贈された本が収められている。顔が本の人間にとって、この図書館は歴史であり、墓標であり、墓地である。〈顔が本の人間〉という少し長たらしい呼称も、過去を鑑みて人間であるのを強調し振り返る意味があるといわれている。しかし、それは、〈顔と身体が女の人間〉から見ても、困惑のようなものを感じなくもない。ただ、慣例であるのと蔑称ではないので、私もそれにならっている。

Chapter30

「では、録鳥さんがお持ちくださった白い本も、こちらに架蔵しましょう。せっかくですから、どうか寄贈者ご自身の手でお納めください。」
 彼人は白い本を私にあずけ、本棚に手を差し伸べて場所を示した。私は左手で本を持ってそれを右手で支え、厳粛な静寂に波を立てないよう、丁寧な所作を心がけた。
 本は、遙か昔から定められていた運命に従い、自然にそこへ納まった。そして、配置や密度や空間がこれ以上ないくらい完璧に心境と重なった静物画を前にしたような印象を与えた。
 私はおそらく宗教的なものに近い感慨があった。同時に、時間の堆積の表層に触れた気がした。また先ほど見た黒い本は、死者の本であるから慶弔の弔事を想起させ、その反対という意味で、慶事と白い本を結び付けて連想した。
「シンプルな言葉ですが、嬉しい、と思うのはおかしいでしょうか」
「いいえ、私も大変喜ばしく存じます。」
 私には表情が読み取れないはずなのだが、彼人が少し微笑んだように感じた。

Chapter31

 杢本さんは、図書館の玄関前まで付き添ってくれた。
「本日は白い本をご寄贈頂き、ありがとうございました。」とメッセージを見せ、私も案内してもらったお礼を述べた。
 そのとき、図書館の脇の方から声が聞こえた。そろいの作業服を着た人たちと、司書らしい顔が本の人間が話をしていた。
「何かの視察でしょうか」と私は尋ねた。
「新町長が中央図書館を近代的な施設に改築しようとしているのです。」
「しかし、それでは相似性が崩れてしまうのではありませんか」
 思わず声をあげると、彼人はうなずいた。
「町長は中央図書館と当図書館が同じ外観でなくてはいけないことは、どうにか納得してくださいました。ところが建物の状態を維持することについては、理解がおよばないらしいのです。例えば寺社仏閣が過去もこれからもあの形であるのは、多くの人が考えるともなく理解していると思います。中央図書館とコーヴェ・アンネイの図書館は、それがより厳格に決められているだけなのです。」
 杢本さんの端末を覗き込んでいると、また声がした。
「私たちは、ただ上から指示があって来ているだけですから」
 あの司書は再び端末を操作して見せたが、彼らはまともに取り合わず、背を向け、追い払おうとしているのがわかった。
 彼人はうつむき踵を返すと、私たちに気づいて歩み寄って来た。「いらっしゃいませ。」と文字を打って私にお辞儀をし、「聞く耳を持ちません。」と入力して杢本さんにも私にも訴えた。杢本さんは腕組みをしながら、左手を首に触れ、考え込んでいるようだった。
 私にもメッセージを見せてくれたので、この会話に入っても大丈夫だろうと思い、「コーヴェ・アンネイの図書館は改築されてしまうのですか?」と質問すると、ふたりともこちらに顔を向けた。もうひとりの司書が、「そんなことはさせません。」と素早く返答して、それに続けた。
臥舵沖がだおき町長は神聖な場所を破壊し、死者たちを冒涜しようとしています。図書館は私たちにとって、単に本を保管するところではなく、教会であり墓地でもあります。福祉施設やアミューズメント・パークではないのです。」

Chapter32

 臥舵沖がだおき現町長は、もともとこの町の人間ではない。町おこしのコンサルタントとして赴任し注目を集めたあと、移住して自身が町長になったという、異例の経歴の持ち主である。方々に著名な知り合いがおり、後ろ盾も厚いらしい。町長選挙において、私は当初、保守的な刀箭磨でこの臥舵沖なる人物は泡沫候補だと考えていた。
 だが結果は違った。私と同様、当選を不審がる人も多かったのか、巨額の資金が持ち出され収賄があったという噂を何度か耳にした。しかし仮にそれが真実だったとしても、不正が露見したところで、この島では特に問題にはされないのかもしれない。
 ともかく、図書館の相似性を犠牲にするということは、基幹となるOSを書き換えるような危険な行為ではないだろうか。

Chapter33

 夜、部屋で置き時計やペン立てを磨きながら、あの白い本を寄贈せず部屋に持ち帰って、自分の蔵書にくわえていたらどうだったろうかと考えた。その後ろめたい秘密は、私に愉悦をもたらしたかもしれない。しかし、そういう行動は取らなかった。もしかしたら、取れなかったのではないか、という気もしなくもない。

Chapter34

 また、あの書架に自分の頭蓋骨が置かれるのを想像してみた。生きているあいだには何の縁もゆかりもない人物の頭が隣にある――。
 妙な感慨もしたが、そういうものだろうとも思った。書架に顔を納めることが、その世界では昔から連続してきた現実なのだから。

Chapter35

 しばらくして、中央図書館の改築工事が始まった。気になり、コーヴェ・アンネイの図書館へも行ってみたが、そちらは何も着手されていなかった。
 行政の施策に邪気が有るのか無いのかも、私にはわからなかった。偶然に無知者が浅はかな干渉をしているだけかもしれないし、自分の思慮の遠くおよばない不条理めいた事象が、複雑に絡まった成れの果てなのかもしれない。
 ともかく、図書館を巻き込みつつある出来事に暴力的な気配を感じた。

Chapter36

 そして、同じ頃、コーヴェ・アンネイの図書館から案内状が届いた。白い本と黒い本の寄贈者限定の読書会があるらしい。読書会といっても、朗読を聞いたり意見を交換するようなものではなく、お茶が振る舞われ、各々が好きな本を持参して読む、というだけの催しのようだ。また基本的に私語は推奨しないが、特に本を読まなくても構わないという旨も記されていた。
 私は返信用の葉書の、参加の項目にチェックを付けて投函した。

Chapter37

 日曜日の二時頃、コーヴェ・アンネイの図書館へ行くと、人はまばらだった。カウンターでは杢本さんもあの女性――生伊きいさんも応接していた。杢本さんは私に気づき、お互いに少し頭を下げ挨拶をした。
「先日は白い本をご寄贈頂き、ありがとうございました。心を込めて感謝いたします。」
「こちらこそ、その節はお世話になりました。貴重な体験をしました」
「お飲みものは何になさいますか?」
 私は心のどこかで、中央図書館の改築工事のことが話題に上らないかと期待していたかもしれない。しかし、この場に最低限必要な内容以外は誰も話をしていなかったし、案内状の添え書きなどなくても、とても歓談のできる雰囲気ではなかった。
 私はコーヒーのカップとお菓子を乗せたトレーを受け取り、椅子に腰をおろした。読書会のために用意されたらしい、クラシカルなダイニングに似合いそうな木製の椅子だった。
 そして、バッグから持参した便びんせんを取り出した。

Chapter38

 私の右手の欠損の小文に関心を寄せ、手紙をくれた人がいた。文章の感想より自分の話の方が長かったので、聞いてくれる相手が欲しかったのかもしれない。
 彼人は刀箭磨の住民ではなく、顔が本の動物を見た経験はないが、私に刺激され想像を試みているとのことだった。
 なんでも、めいせきを見るのが特技で、夢の中で顔が本の動物に自身の体を食べさせてみるらしい。その部位は出来の悪い頭部と、欠陥品の心臓と、疎ましく思っている女性の部分だと書いていた(そういう言葉を使っていた)。またヴァージニア・ウルフの本からの孫引きで、コールリッジが「偉大な精神は両性具有である」と言い、共感しないでもないが、彼人はむしろ無性別的でありたいしそういう詩作をしたいと望んでいた。そのエッセイは私の蔵書にもあったはずだ。
 そして、これまでとは異なる身体性の獲得によって自分を見つめ直し、新しい文体を構築できるのではないか、というようなことが書かれていた。「今より少しでも賢明であろうと望んだ者にしか実らない果実」という比喩も添えられていた。
 最近の私は、作話や物語に対する関心が落ち着き、文体に創造性や意義を見いだすようになってきていたので、そういう個人的な事情も手伝って、内容的には興味深くその手紙を読んだ。
 しかし、返事を送るのをためらっている。適当な文章をしたためて、相手の気分を害すのを恐れているからだろう。その手紙は、深い病床から届いたものだった。

Chapter39

 次に雑誌――小説家・三葉田幸介みようたこうすけ氏の追悼号を開いた。この三葉田という男性は実在せず、架空の人物である。

 プロフィール
 三葉田幸介 一九三八年生まれ 享八十二歳
 著作全四十八冊 うち長編三十二冊 短篇十三冊 随筆三冊
 代表作は一九六四年に発表された『林檎回廊』・一九八一年の『根菜日記』
 果物や野菜に想を得た話が多かった。

 他にも、本のタイトルだけでなく、短篇の内容から経歴の年代ごとの出来事に至るまで、詳細に設定が決められている。もちろん、すべて想像上のものである。
 長くなるので経緯は省くが、私もこの三葉田氏の誕生に関係していて、追悼号の中で『野菜拾遺集』の評論をした他、「三葉田氏追想」と題した、寄稿者それぞれが故人との思い出を語る特集の中で、「エメラルドの入歯」という題でエッセイを執筆した。
 参加者はみな趣向をこらし(ご自分の本の執筆より熱心なのではなかろうかと思う人もいた)、大変読み応えがあるのと、知人や気になる寄稿者を拾い読みしていただけだったので、これを機会に全部に目を通すことにしたのである。
 また、この雑誌の奥付の発行日には、三葉田氏の没年月日の約四か月後の日付が記されており、それに関しても虚偽である。

Chapter40

 そういえば、インターネットで見かけた名物書店員のコラムに、過去に読んだ本の中から気に入っている本だけを選んで再読すれば、一冊の外れも引かず濃密な時間を送ることができると書いていた。また彼人はそれを黄金読書時間、純粋酩酊時間と呼んでいるともあった(酒気を帯びているときと、そうでないときによって、言葉を使い分けているそうである)。ここで読むのは未読の本よりも、今回の手紙や雑誌のように特殊なもの、あるいは既読の本や信頼できる著者の本が相応しいかもしれない。
 帰りがけ、白い本を寄贈した者には恒久的に招待状が届くと聞き、また来ようと思った。

Chapter41

 しかし、それは叶わなかった。
 図書館が火災にあったのだ。
 おそらく深夜二時頃だったろうか、私は消防車のサイレンの音で目を覚ました。隣室から微かに町の無線放送(各家やアパートメントに備え付けられている)の音が漏れており、火災を知らせていたようだったが、私はスピーカーの電源を外していて内容はわからなかった。(なにしろ、行事や自衛隊の演習場の使用計画などの他に、時刻を問わず頻繁に、誰々何歳が亡くなったという訃報を流すので、気が滅入るのだ。)
 どこで火事があったのだろうとカーテンを開けると、外に出ている人たちが、みな同じ方角を向いており、その先にはふたつの火の手が上がっていた。
 私は直感的に図書館だと思った。
 急いで簡単な身支度をして、コーヴェ・アンネイの図書館へ向かった。走ったので十分もかからなかっただろう。

Chapter42

 コーヴェ・アンネイの図書館は燃えさかり、夜の闇に異様な空間を作っていた。私は熱風を受けながら、建物が芯まで圧縮され、きしうなぜる音を聞いた。炎火が無秩序に蠢き、周囲に赤く色濃い光を乱暴にでつけるのを見た。焦げた匂い――無理矢理に焼き尽す炭化の臭気が鼻をついた。それは私に図書館という生物の理不尽な焼死を連想させた。
 また消防士たちの怒声を聞いた。野次馬たちの無責任な話し声を聞き、顔が本の人間の悲痛な叫びを聞いた。普段喋らない彼らの声は、顔が本の動物とも違う異質なもので、その後何日も耳から離れなかった。
 しかし視覚も触覚も嗅覚も聴覚も、意味を汲み取れるものとして、私の中に入っては来なかった。私はしばらくのあいだ、目の前に起こっていることを、何か漠然としたものに堪えながら、ただ見ているしかなかった。胃の腑には不穏な重圧を感じていた。そして、しばらく経って、身体全体に現実が浸透し始めた。
 ――目の前の光景はまぎれもなく本当なのだ。
 図書館がかいじんに帰していく。動物たちの白い本も、死者たちの黒い本も、すべて。

Chapter43

 火災からわずか二日後には、再建計画が立てられた。行政の仕事らしからぬ迅速さで事業が運び、まるで始めから準備をしていたように、的確な処置が講じられた。
 ふたつの図書館の建設は並行して進んでいる。もちろん中央図書館もコーヴェ・アンネイの図書館も、以前とまったく同じ外観になる予定である。骨組みだけでも近代的な作りにすればいいと思うのだが、今度も木造にするらしい。
 私は役所へ赴き、ことの経緯を問い合わせてみた。しかし図書館の相似性について何も新しい情報は得られなかったし、火災に関しても調査中であり経過を教えることはできないとのことだった。
 いずれにせよ、この町のふたつの図書館は、近い将来、何度目かの相似性を保つだろう。

Chapter44

 しばらくして、やはり火災は放火によるものだという話を聞いた。
 まず工事中の中央図書館に火の手が上がったらしい。書棚があるホールの延焼が著しかったため、館内で放火されたとの見方が強かった。それから、なにしろ本が架蔵されているので、火が回るのも速かった。全焼に近く、数少ない刀箭磨に関する資料のほとんどが灰になった。
 続いて、中央図書館より十分か十五分くらい時間を置き、コーヴェ・アンネイの図書館に矛先が向いた。こちらもほとんどが焼け落ち、顔が本の人間の本も顔が本の動物の本も、みな〈二度目の死〉を迎えた。
 同一犯か共犯によるもので、おそらく監視者の犯行だろうとのことだった。差別主義者の嫌がらせは、これまでにもないわけではなかったが、今回のように大事件にはならず、脅しにとどまっていた。

Chapter45

 図書館の建設中、顔が本の動物たちは殺気立っている。
 町の統計によれば、私のように身体の一部を食べられた事件が、平時より七倍近く多かった。顔が本の人間たちも気分に波があり、心身の不調を訴え、入院した者もいた。
 また彼らの何人かが行方不明になった。失踪したのかもしれないし、遺体がみつからないのかもしれなかった。少なくとも七人が自死したことを知った。

Chapter46

 私は右手がうずき、あまり眠れなくなった。もっとも不眠になったのは、憂鬱やいきどおりや別の原因があるのかもしれない。
 その断続的なうたた寝のあいだ、夢を見た。右手と私は彦星と織姫のように、夜の涼しげな天の川で再会を果たしていた。右手は立派できらびやかな異国の着物をまとっており、私の身につけていたものは、市販品のありふれたシャツとスラックスと革靴で、しかもすべて黒色だったので、闇に溶け込み大変みすぼらしかった。私は右手に申し訳なくて嫌な汗をかいていた。

Chapter47

 それにともなってだろうか。久しく忘れていた創作を思い出した。
 二度目に右手を喪失した頃、私は感傷を込めて、まだ見ぬあちら側の世界を、「薄荷刀はっかとう」と呼んでいた。そして薄荷刀についての、物語ともいえない文章の断片をノートに綴っていた。
 薄荷刀は宇宙のように無重力で、その空間はべた塗りの真っ青だった。そこでは、顔が本の動物に食べられた様々なものが、息づき、暮らしていた。
 私の右手 輪切りの右腕(このふたつは、遠く遠く離れたところにある) 誰かの左足 誰かの頭髪 時計 シャープペンシル 雨 雪 ダリアの花 コンクリートの壁 人面岩 木の電柱 カブトムシ オレンジの匂い 雷の音 etc.……
 生物は不死で、花は枯れず、雨粒は重力と空気抵抗で変形したまま浮いており、雪は溶けない。音や匂いは目には見えないが、それらがある場所に行くと、いつでも知覚できる。
 ただ、ノートは捨ててしまったし、他の細かい設定は忘れてしまった。

Chapter48

 しばらくして、臥舵沖町長が退任した。
 なんでも、顔が本の動物に顔の前半分を食べられてしまい、のっぺらぼうのように目も鼻も口もなくなったという話だった。噂なので真偽はわからない。
 近くまた選挙があり、前町長が有力候補である。

Chapter49

 なお、未だ犯人の手がかりはつかめていない(と発表されている)。
 しかし聞くところによれば、どうやら白い本は持ち出されていたようである。というのも、架蔵されていた場所にページの燃え殻が残っていないことが確認されたらしい。だとすれば、放火犯は監視者ではない可能性もある。差別主義者ならば白い本を含めすべての本を焚書するはずだからだ。とすると、一体誰がこのようなことをしたのだろうか。

Chapter50

 以上の多くは生伊さんに聞いた話である。彼人は驚くほど大変な情報通だった。(あの一人称の語り手が犯人だった前代未聞の推理小説に登場する姉を彷彿とさせた。)
 当面のあいだ、新しい白い本と黒い本は町役場で預かる段取りになっており、私は黒い本をくねくねした像(「睡眠蜂起」というどうちゃくてきな名前があるが、そう呼ばれている)の付近で一冊拾い、届け出て寄贈した。そのときに受付をしてくれたのが彼人だった。
 ただ、あの日以来、杢本さんの姿が見えないと伺い、気がかりである。

Chapter51

 私の内で、ある着想が生まれていた。
 町の図書館はあまり時を置かず繰り返し火災に遭っており、その度に建物と蔵書は燃え、再建されている。だが、これでは本の保管機能としての役割を果たせないだろう。とすると、おそらく初めから書物を後世に伝えるための機構ではないのかもしれない。システムのアップデートと、そのクロニクルのようなもの――
 それは灰の中から誕生する、火の鳥のイメージだった。

Chapter52

 私は再び図書館の相似性について考えていた。
 ふと〈コーヴェ・アンネイの図書館〉は、どうして〈コーヴェ・アンネイ図書館〉ではなく〈コーヴェ・アンネイの図書館〉なのだろうかと思ったのだ。この助詞の「の」には意味がありはしないだろうか。もしかしたら、コーヴェ・アンネイという建築や何か別のものがあり、その付属物として図書館があったのではないかと推測した。
 しかし教えてもらったように〈こうべあんねい〉が由来だとすれば、「の」が入るのは必ずしも不自然ではない。

Chapter53

 その夜、私は久しぶりに一定時間以上眠ることができ、また夢を見た。あの手紙に触発された内容だったかもしれない。
 一匹の顔が本の動物がいる。頭は想像を絶するほど大きい。巨大すぎて胴体などあってないに等しいくらいである。
 その顔が本の動物は、〈ぱたくっ〉と地球を一口で食べてしまった。
 そこで人類史や地球のあらゆるすべての出来事が終わったのか、あるいは地球は(私の右手のように)宇宙に存在するのかわからなかった。ただ、地球があったはずの場所をどこからか見ている私たちがいた。私たちは自分個人の複数性なのか、他者の集合性なのか、意識できなかった。ともかく、私以外に誰かがいたような気がした。
 その感覚は目が覚めたあとも残っていた。

Chapter54

 私はたくさんの顔が本の動物を捕まえてきた。
 顔の部分は無理矢理に閉じてひもくくってある。こうやって縛っておけば、例の虐殺のときにおりから逃げ出しはしなかったのではないか、というのが前述した私の疑問である。
 何匹かの顔が本の動物は、部屋の壁や窓ガラスを食べて脱出するかもしれない。しかし何匹かは、私の身体を食べてくれるだろう。もしくは食べ尽くしてくれるだろう。
 喪失した右手のように、私の片々は離散し、みなどこかへ行くに違いない。そして遍在していて、あまねくところに何かを記憶するかもしれない。
 いずれにせよ、私たちがどうなっても、またあの夢のように地球がどうなっても、世界は存続するだろう。


Chapter38の引用元
ヴァージニア・ウルフ著 片山亜紀訳『自分ひとりの部屋』(平凡社)

漫画化しました。
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書籍代にします。