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夕闇の本(掌篇小説)

 ある人に一冊の本を手わたされた。ページをめくっても、すべて白紙だった。本を目から遠ざけたり近づけたりするように言われ、その通りにした。
 次に彼人かれが本を持ち、開いたページを私に向けた。そして離れるように指示した。私は言われるがままに少しずつ後ずさっていった。すると、突然ピントが合い、ページに文字が現れた。さらに下がると文字は消えたので、戻って見える場所を調整した。だが本との距離があり過ぎたために、視力検査で答えられなかったときみたいに判読はできなかった。
 彼人は以下のようなことを述べた。お前は、およそ5メートル30センチの位置から本の文字を視認できる。通常通りに手の届く範囲で文字が浮かび上がる者もいるし、どれだけ離れてもまったく見えない者もいる。また見えても習得している言語とは違う場合もある。
 結局のところ、私はこの本を読むのに値しないのだと理解できた。

書籍代にします。