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月の読書(掌篇小説)

 叔父は読書をしに月へ旅行するらしい。
「わざわざそんなところまで行かなくても自分の家やカフェで読めばいいのに」と私が言うと、「人生にはいろいろあるんだよ、時間には限りがあるしね」と微笑んだ。

 何日かして、月の地表を飛んでいる本の写真を送ってくれた。月の書物は、ページで羽ばたき空中を漂っていて、それを捕まえるのだという。メッセージには「こちらは読書と散歩三昧(ざんまい)です。」とあった。私の本との向き合いかたとは全然違い、なんだか羨ましくなった。理解のないことを言ってしまったのを少し後悔した。

 叔父は理工学部出身で、それと関係があるかはわからないが、たぶん合理的にものを考える性格だった。そしてインスピレーションやフィーリングを無視する人ではなかったようだ。充実したヴァカンスをとるコツは、日常の繰り返しや既知のものの外側にあるのかもしれない。

 月の読書を想像してみる。天空は黒く、地表は人工的なライトで明るい。用意された空気はすがすがしいといい。それから、今度は自分が本になって自由に飛ぶ姿を思いえがく。私を捕らえようとして伸ばす誰かの手をかわし、スピードを上げる。

書籍代にします。