正解を手放す
3000年瞬き
古くから天皇家を支えてきた山蔭神道の伝承者である表博耀氏の『初代スサノオ』という書籍の中で、
「3000年瞬き」
という言葉が出てきます。
古くから世界を導いてきた人たちは、
3000年を瞬きと捉えるほどの時間感覚で、
物事を考えてきたということです。
今回は物事の正解と視野の広さについて考えてみます。
コロナと分断
2019年から始まる新型コロナウイルス騒動の影響により世界は激変しました。
そしてその混乱の中で、
コロナウイルスに対する捉え方によって民衆は分断されました。
コロナウイルスに感染することを許容して経済を回すべきだと考える派閥。
ロックダウンを強く行い感染を予防する派閥。
少し後の段階で、
ワクチンを打つ派と打たない派。
など人それぞれの正解を持ち、違う正解をもつ人たちとの間で互いに壁を作りましたり
自分が正解を持つと違う考えの他人は不正解になります。
明治維新や世界大戦についても色々な思惑や捉え方ができますが、その度に自分の正解と他人の正解がバッティングして分断されることがあります。
自分の正解を強く持つほど他人の正解が誤りのように思う傾向がありますが、物事に正解不正解をつけることは極めて難しいことです。
正解不正解を手放す
正解不正解をつけることがなぜ難しいかというと、
まず、全ての情報を知ることが困難なためです。
物事の表面だけを拾って判断するのは簡単ですが、 得た情報が真実から離れたものであれば当然そこから導かれる正解は誤りの可能性が高まります。
情報のソースから離れれば離れるほど正しく情報を取り入れることは難しくなりますから、世界全体が当事者になるような大きな規模の問題では 正しい情報を得ることは難しいでしょう。
もちろん、情報を積極的に収集して、自分の行動に反映させることは意義のあることですが、自分の導いた答えがあくまでも暫定的なものであることを覚えておくことが重要です。
次に、
人それぞれ利害関係が違うからです。
対立構造が生まれる時、
得する側と損する側が存在します。
損をする側にとっては、その選択は誤りで取るべきではない。もしくは修正するべき問題になります。
しかし、得する側にとってはそれが正しい選択になります。
争いはこういった、視野で互いが互いの利益を最大化するため起こります。
そこに相手の損失を考慮するという発想はありません。ですから自分の正解が相手の不正解となるのです。
そして1つ目と2つ目を考えた上で、
時間間隔を広げて考えてみることが正解や不正解から離れるために役立ちます。
3000年 瞬きという視点を持つと、
3000年の間で自分自身または国、世界が、最終的に得たい結果のために、一時的に困難な状況になることを許容するという選択を取るという場合があります。
今100人の犠牲を出して10年後に1万人救えるなら100人の犠牲を許容とするという発想です。
普通に生活している私たちからすると、
今100人の犠牲が出るということを良しとすることは難しいことですが、
視野を広げると、100人の犠牲で100倍の1万人を救うというのは合理的な選択になりうるのです。
3000年が視野に入っているのと、
子供の代である100年が視野に入っているのとだと、価値観やそれに伴う正解が変わるのは当然ですり
そして100年という視野ですら、多くの人が持っていません。
今の生活でいっぱいいっぱいであり、
それは望んでそうしているわけでなく、
目の前の生活に追われるように社会が設計されているのです。
その設計すら3000年が視野に入っている人たちの設計かもしれません。
そしてその設計は何らかの意図があるのでしょう。
獅獅が子を谷に落とす。
可愛い子には旅をさせる。
などという言葉があるように、
一時的に困難な状況にあえて立たせることで、
その後の成長を見越している場合もあります。
谷に落とされた子と、
落とした親では視野が違うのです。
視野の広さが異なれば正解は違います。
正解不正解を問うことに意味はないのです。
もしそれを問うならば時間や人の範囲を区切る必要があるのです。
自分や他人のやることなすことに正解や不正解というレッテルを貼らずに目の前のことを中立的に見る必要があります。
物事に正解や不正解といった判断をできるほどの情報はありませんし、
今明らかに間違っていると思われていることが3000年単位で見れば正しかったということはありえる話だからです。
正解や不正解といったレッテル貼りを手放し、
中立的に物事を見ましょう。
考えが異なる場合には、
敵味方と区別して分断するのではなく、
相手と自分の価値観が異なること、
時間によって価値観が異なることを常に意識することが、対立によって無駄にエネルギーを使うことなく 自分の人生を生きることにつながります。
もっともこの主張が3000年単位で見れば、
的外れで今この時点では、思い切り敵味方に分かれて争い合った方が良いという可能性もあるのですが…
それもまた人それぞれ、時それぞれということで。
参考
表 博耀 著『縄文の世界を旅した初代スサノオ 九鬼文書と古代出雲王朝でわかる ハツクニシラス【裏/表】の仕組み』
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