見出し画像

でっかい夢を語る価値を科学の考え方から考察する

もしも寿命があと1年ならどう生きますか?

もしも絶対に失敗しないなら、どんな人生にしたいですか?

生涯にわたり確実に衣食住が保証されるなら、何をしますか?

自己啓発系のコンテンツが好きな方なら、こうした問いをお目にかかったことがあるかもしれません。

逆に自己啓発を嫌う読者なら、こうした問いにはバカバカしさを感じていることでしょう。「描いた夢は叶わないことの方が多い」と平井堅が歌っているじゃないかと。

こうした態度の根底には「現実的でないことはナンセンスで真剣に考えるに値しない」という思想があります。

今日はそれってほんと?

みたいな話を、高校の物理基礎で習う「理想気体」の話などを起点につらつら書いてみようと思います。

文系の方へ。文系と理系の話を行ったり来たりしますが、僕自身が文系なのであまり構えなくて大丈夫です。数式はひとつも出ないです。

それでは行ってみよう!

ありもしないモデルを想定する価値

さっそく、主張の核心から入ります。

物理で習った「理想気体」を覚えているでしょうか?

理想気体とは、気体分子がお互いに影響を及ぼし合わない理想的な気体のことです。ここは意味がわからなくても大丈夫です。

重要なのは、そんな気体は現実的にはどこを探しても存在しないのですが、これを使うと便利なためすごく重宝されていて、高校でも物理基礎でまっさきに習うんだってことです。

では、どう便利なのかというと。

複雑さを脇において、より多くの人が本質的な部分を直感的につかみとることができるツールとして役に立つのです。

このことがもたらす社会への貢献度は、実はとてつもなく大きくてですね。

一般向けの著書も多い物理学者の長沼伸一郎先生はこのことを

ある概念が、それがたった一語で内容を表現できる場合にのみ、一般社会に爆発的に流布する。そしてそれは、表現に二語以上を要する複雑な概念を常に駆逐する

『無形化世界の力学と戦略―理系からの解析は戦略と地政学をどう変えるか』より

と表現しています(この原理を長沼先生は「最小語数の原理」と呼んでいる)。

「生物は進化する」とか、「地球は回っている」とか、次世代でそれまでとは異なる前提となる物事の本質を見つけたとします。その前提がなければ今生まれていないものってたくさんありますよね。

そういう、物事の本質を説明するのに便利な概念を見つけたら、それが世の中に広く知れ渡って、いろんなジャンルで転用されるのが望ましいわけで、その際にはこうしたモデルが非常に役立つわけです。


「理想」が実在できるかどうかは問題ではない

そんなわけで、何かについての理想形としてのモデルの価値は、その実在性とは関係なく存在しているのです。

だから、「理想気体なんて存在しない!」という反論は、その概念が必要ないことを証明するにはまったくもってナンセンス。

理想気体の概念は、それが現実的には実在しないにも関わらず、気体の性質やふるまいを本質的に説明し、実現象をよく近似しうる能力を持っていることから、優れたモデルとして評価されている。

これがおそらく客観的にみて妥当な理解です。

ここで、またまた最初に挙げた自己啓発を嫌う方のことを考えます。彼らは、僕の知っている限り、そうでない方より宗教などにも強く拒絶反応を示す傾向があります。

神話的な話などまったく科学的でなく、実在したかも疑わしい人を信じているなんて愚の骨頂ではないか!と。

しかし、先ほど見た「モデルの価値」を宗教や信仰の話に転用すると、同様に、思想のシンボルとしてのメシアや釈尊もまた、その実在性には関係なく価値があると言えそうではありませんか!

つまり、仮にフィクションだということを自覚していたとしても、彼らのヒストリーに感銘を受ける者は存在するわけです。

感銘を受けて、善き生を指向するのであればそれでもよろしいんでは?

モデルの存在が、結果的に人々の良心の発露をうながし、低コストで社会がより安心できる場所となるのに役立つのであれば、これに越したことはない。

そういう理屈も成り立つんじゃないかってのが僕の考えです。

冒頭の話に戻る

もうそろそろ冒頭の主張に至る理屈も察してもらえている気はしますが、一応整理します。

もしも絶対に失敗しないなら、どんな人生にしたいですか?
10億円あったらどんな生き方をしますか?

みたいな問いは、人生における摩擦や抵抗を無視した場合の理想状態を考えさせるものです。物理の問題で、「ただし摩擦はないものとする」と但し書きがついているのと一緒です。

まずは摩擦を無視することで、自分のやりたいことの本質をつかみとる。実現するかはさておき、スッキリと理想の形がつかめる。

そうすると、伝わりやすくなるので他者の協力を仰ぎやすくなりますし、自分自身がブレずに進むための強力な柱としての機能も発揮することになります。

先にはるか上空から大地を見下ろして、目的地と方向性をつかんだあとで、大地へ降り立ってその都度現れる障害に対処して進む方が効率的なのもこれと同じようなことですね。

結果的には、実現性を重視して(挙げればキリのない細かい変数を全部考慮しようとして)、今の延長で考えたゴールよりもずっと先へ進むことができるのです。


理想という言葉の甘い誘惑

とはいえ、「理想」という言葉にはデメリットもあります。

本来モデルというものは、多くの人が直感的に理解できる形で本質を理解するための構造把握ツールです。

厳密に言えば現実にはそぐわないけども、局所的なことなら多くのことを説明できるし、ついでに多くの人に伝わるのがメリットなのでした。

科学や数学の話だとこれでお終いです。納得できる。

しかし、これを社会論や人生訓に当てはめようとすると、以下のような誤解が生まれがちです。

それが

「理想的であらねばならない」

という誤解です。

卑近な例を挙げます。
ダイエットをしているとある人を考えてみましょう。

彼が何やら嘆いています。「健康的な生活をする」と理想を掲げたのに、またコーラを飲んでしまった。運動をサボってしまった。私ってなんてダメな人間なんだろう。どうせ理想を掲げても打ちのめされるだけ。そんなことなら、始めから何も望まなければいい…。

こういうことってよくありますよね。

僕らは、長期的な願望を掲げるものの、いつも目の前の欲望に誘惑され、負けてばかりいる。

それで打ちのめされ、ついには長期的な願望を持つこと自体に抑制をかけてしまう。

しかし、思い出してください。理想を掲げることの価値は実在性とは違う次元にあるものです。前提を変え、劇的に前に進むためのきっかけ。

人生論的な話でいうなら、理想を掲げることには、ある瞬間に自分の中の良き意図(望ましい気持ちや考え)を呼び起こす確率を上げる価値があると思います。

【最後まで読んでくれてありがとう!】
年間150冊くらい本を読んでいて、お役に立てそうな良い本があれば個人的な解釈も交えて紹介しています。

だいたい4、5冊読んで1記事になる感じなので、書籍代があれです。いや、「あれれ?」です。投げ銭大歓迎です。

関連

今日の話を踏まえた上で、こちらの記事を読むと面白いのではと思います。

「縮退」という一つの概念で、ダイエットの失敗からアメリカの歴史や資本主義の欠点までいろいろ説明、考察しています。

こういう記事が好きな方は戦略の話も好きそうと思ったので紹介。


サポートいただいたお金は、僕自身を作家に育てるため(書籍の購入・新しいことを体験する事など)に使わせていただきます。より良い作品を生み出すことでお返しして参ります。