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実践的な文学研究とは?

神奈川大学外国語学部英語英文学科です。学科の先生によるコラムマガジン「Professors’ Showcase」。今回は、イギリス文学がご専門の加藤千博先生による「実践的な文学研究とは?」です!


みなさんこんにちは。英語英文学科の加藤です。2024年4月に神奈川大学に赴任してきました。このコラムでは私の研究とゼミについて紹介します。

イギリス・ユートピア文学

 私の研究フィールドはイギリス文学で、特にユートピア文学を研究しています。トマス・モアが『ユートピア』(1516)を出版して以来、ユートピア文学というジャンルが確立され、多くのユートピア作品が世に送り出されてきました。シェイクスピアの『テンペスト』(1610-11)やダニエル・デフォーの『ロビンソン・クルーソー』(1719)、ジョナサン・スウィフトの『ガリヴァー旅行記』(1726)などもこのジャンルに入ります。カズオ・イシグロの『わたしを離さないで』(2005)もユートピア作品として扱われたりします。

トマス・モアの描いたユートピア島

 ユートピア文学作品は、最も望ましい社会形態が描かれた架空の物語となりますが、その解釈は読者に委ねられています。実現不可能な理想社会が示されることで、現実世界を批判し、どうすれば現実社会が向上するかを我々読者は考えさせられます。ジョージ・オーウェルの『1984』から着想を得て村上春樹が『1Q84』を著し、スウィフトの『ガリヴァー旅行記』をもとに宮崎駿が映画「天空の城ラピュタ」を制作したように、日本にもユートピアに関する作品はあります。

『ガリヴァー旅行記』に描かれているLaputaの地図-地上にあるBalnibarbiを浮遊するLaputaが支配している
「天空の城ラピュタ」に登場する浮遊する帝国ラピュタ
井上ひさしが描いたトニホキョン島の地図(「ユートピア諸島航海記」)-トマス・モアのユートピア島と上下逆さまな形となっている

現実社会の問題として

 私はこれらのユートピア文学に位置づけられる文学作品をポストコロニアルやエコロジー、ジェンダーなどの観点から分析しています。古典や名著と言われる文学作品は遠い昔に書かれたものが多く、我々の現実世界からかけ離れてしまっている感じがするかもしれません。しかしそのような作品も今現在と密接に繋がっており、様々なメッセージを我々は受け取ることができます。ユートピア文学は理想を提示しながら現実批判を行うので、その当時の社会問題を現在の環境問題やジェンダーギャップの問題に置き換えて解釈することが可能となります。

フィールドワーク

 文学研究というと本ばかりを読んでいるというイメージを持たれるかもしれませんが、エコロジーやジェンダーといった現実社会の問題を扱うのでフィールドワークも欠かせません。環境先進国といわれるイギリスの環境対策や国民の環境意識を探るためにはやはり現地に赴く必要があります。現地の人とのおしゃべりから英国民の生の声と現状を知ることができます。ジェンダーの問題に関しても、ジェンダーギャップ指数が世界118位の日本から世界14位のイギリスを眺めているだけでは違いがわかりません。実際に現地で数週間滞在するとその差を肌で感じとることができます。このように文献研究と現地調査を往還しながらイギリス文学の研究を進めており、学生たちにもこのような実践的な研究を推奨しています。

オックスフォード大学クライストチャーチ(カレッジ)のGreat Hall(大食堂)。『ハリー・ポッター』のダンブルドア校長の席に座るために学生が朝一番に並んでくれました。『不思議の国のアリス』にもゆかりのある場所です。
『ユートピアだより』の作者ウィリアム・モリスの自邸Red House。環境と文化財の保護を行うナショナル・トラストが管理しているロンドン郊外にある建物です。環境ボランティアに興味がある学生と訪れ、スタッフから多くの情報を得ました。
スコットランドにあるエジンバラ大学の学生寮。学生曰く、「ハウルの動く城」に出てきそうな建物。「ハリー・ポッター」シリーズの作者J.K. ローリングのゆかりの地であり、「シャーロック・ホームズ」シリーズの作者コナン・ドイルの出身地であるエジンバラで両作家の人気度を学生は調査していました。

ゼミナール

 私が担当するゼミ「イギリス文学・文化とカルチュラル・スタディーズ」では、イギリス文学作品、特に小説を題材として、カルチュラル・スタディーズの観点から分析をします。novel(小説)という語には「新しい」という意味があるように、小説は18世紀に登場した比較的新しい文学ジャンルです。カルチュラル・スタディーズとは、20世紀後半にイギリスで誕生した、弱者やマイノリティーの人々の文化にも焦点をあてようとする研究で、言語、階級、人種、ジェンダー、植民地主義、環境問題など様々な社会課題を扱います。この視点を用いて文学作品に新たな光を当てていきます。受講者には好きな文学作品(小説)を選んでもらって、カルチュラル・スタディーズの観点を用いながら、その作品を分析、解釈していきます。ユートピア文学作品は解釈が読者に委ねられているように、小説も解釈は多様で、能動的な読みが必要となります。作品に対して積極的なアプローチを行い、オリジナリティのある解釈にチャレンジしてもらいます。ゼミ内ではディスカッションをたくさん行い、意見の相違を楽しみたいと思います。ゼミは常に協働作業となり、プレゼンやディスカッションを通じて、自分と他者の考え方や価値観の相違を認識できるように学んでいきます。単なる文献研究に終始し机上の空論で終わることなく、フィールドワークも取り入れてより実践的な学習と研究を行っていきます。

 「文学研究をする」ということは、単にその国の文学や文化に関する知識を増やすということではなく、自国の文化や社会状況と照らし合わせ、常に現実世界との関わりを考えることになります。学生のみなさんには、英文学研究を通じて、日本人としてのアイデンティティや日本社会の特質や課題も認識してもらいたいです。巧みな心理描写が特徴的なイギリス小説は、人間を知るうえでの絶好の教材と言えます。「英文学をする」ことにより人間力が高まることを期待します。

記:加藤千博


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