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例えば、「年間300冊読書」と聞いて、あなたは何を思いますか。
僕には「年間365日歯磨き」と言っているのと違いはありません( ´∀` )
「年間YouTubeを2万回再生している」とも変わらないです。
「年間1万回ケツをかく」というレベルです。
で、何??って事です。
多読=賞賛。とは一体何なんやろう(゜-゜)
といつも疑問です。

そもそも1冊読了という「定義」は?
何をもって読了と呼ぶのかという「前提」は?
それもなしに年間2000冊読了と言っても、そのどこに価値があるのかが分かりません。

例えば、
定義も前提もなしで良いのなら
「目次」だけ読んで読了でもいい。
1章の半分読んで読了でもいいし、本を購入してパラパラ読んで読了でもよいって事です。
それなら誰でも年間1万冊は可能でしょう。
図書館でも行ってやりゃいいのです(⌒∇⌒)

という事で、ただの<多読>は危険というのが今日の視点です(^^♪
「年間1000冊は読んでるで!!」 
「え~!すご~い!」
みたいな表面だけの会話はやめていこうぜってね。
たまに本を読んでいない自分を責めてしまう人がいますが、全くそんな事はないよって話でもある。
年間に1冊でもよくて、大事なのはその

{思索}

って話なのです。

それこそ、アルトゥール・ショーペンハウアー(1788~1860年)
ドイツの哲学者の視点です。

髪型やばない??


18世紀後半には、そのような視点を体系化しているのですから。
令和でも<多読を自慢>している人がいるって事なので、
時代としては学ばず、繰り返す事が分かりますね。( ノД`)シクシク…

例えば、ホープの言葉を借りてみる。
「永遠に読まれざるため、永遠の読書を続けている」
ってやつでね。
この言葉の意味は
「他人の知恵を借りるしかできひん人は、永遠に他人の知識が必要やで」って事です。
本をはじめとする全ての情報ってのは「あなたの思考世界」の材料なだけです。
他人が言っている事は正解でもない。正しくもない。
それはただ<他人の世界>ってだけです。


が!!!
多読する者に多いのは「他人の知恵を仮借するだけ」ってのです。
みなさんも講義や講演会や説明を受ける時に感じた事ありませんか?
「あれ?こいつ、自分では理解してないな?」
って。
なんか薄い・・・なんか聞いてられへん・・
この人、ほんまに自分で分かって話してる?
みたいなんです。

大事なのは、その本なり動画なりの情報から
「あなたの思索」なのです。
あなたがどのように考えるのか?が最重要なのです。
知識なんてのはGoogle先生に任せてください。
人では絶対に勝てません。

「書物から得る<他人の思索>は、食べ残し・脱ぎ捨てた古着」
という表現をショーペンハウアーはしています。
僕も同意です。
何回も言いますが、本含めて情報は「あなたの思索を得る」事が最も大切。
<自分・他人>をやはり明確に分ける事なのです。

ショーペンハウアーはさらに、
「他人から学んだ知恵など、義手義足、入れ歯、整形手術のようなもの」
と表現しました。
もう一度言いますが、僕も激しく同意です(笑)

そもそも本は、他人の思索です。
他人の思索なんてのは、
〇異なった精神を母体としている
〇異なった体系に所属している
〇異なった色彩をしている
という事です。
つまり、その人の環世界っていうだけなのです。

簡単に言います

「Aという人が~~と言っていたから、そうなんだよ!」
は危険すぎる。
「Aという人は~~と言っていた。自分は==と考える」
が読書の本質でしょう。
なので年間に1冊しか読まないであろうが、「自分は==と考える」と自分の思索が完成するならそれでええって事です。

そもそも会話の楽しさなんてのは、
その人が「どう考える」という唯一無二のモノがあるからこそ良いのに。
本読んで、ニュース見て、YouTube見て、映画見て、
「他人の知恵」をそのまま使用しているだけってのは、どうしても薄いものなんですよ。

しかもそれが自分の思索じゃないからこそ、いつまでも他人に依存するしかできなくなるのです。

「この時はどう考える?」「このパターンの時は?」「こういう時の考え方は?」とね。
他人の知識、知恵、思索、環世界。
それらで生きている人は、いつまでも自分の思索が成長しない。
つまり、世の中を生きていくのが厳しくなります。

この世は、
自分という人間が、
オリジナルな思考で戦うからこそ
色彩があるからです。

*もちろん読書を否定しているのではないですよ!(笑)
僕も大好きですからね( ´∀` )
ただ、本質を忘れるのは危険です。

ちなみに僕は年間何冊読んだかなんて、数えた事は1度もありません('ω')
それこそ年間5億冊読むよりも、おかんの屁から学ぶ事の方が多い時なんてのもあるんすよ(^^♪

という事で、みなさまも自分だけの思索をもってください。

なんとなく誰もが言いそうで、
どこかで聞いたようなそれっぽい思考なんて、
自分の世界には必要ないです。




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