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ドアの入り口にたどり着く。埃っぽい煙が充満していた。沢本が壁に背を付けて中を覗き込む。アサルトライフルを構え、一瞬だけ後ろのビアンカに視線を送った後、無言で中に入って行く。 中も相当ひどい有様だ。壁は穴があき、ガラスが散乱している。天井が壊れ、中を通る配管がむき出しになっていた。一度は出火したのだろうが、壊れた配管から流れ落ちる水が結果的にスプリンクラーの役目を果たし、火が消えたようだ。 「建物周囲に散開しろ。隣りの建物から屋上へも展開。誰一人逃がすな」 インカムを押さ
「くそったれ」 火をつけて間もない煙草を投げ捨て、通りの外に出ようとしたところで誰かが姿を現した。 「ビア!」 一瞬だけ視界の片隅にバートを捕らえたが、立ち止まることなく駆け抜ける。 「あいつだ、バート!」 「え?」 「手錠男を追え!」 一拍遅れたが、バートもビアンカに続いて走り出した。 「特殊なプレイが好きなんですね!」 「マゾなんだろ!」 本当のことを説明する暇がない。男は表通りに抜けると道路を駆け抜け、そのまま反対側の裏通りへと駆け抜ける。 痛みと疲労に力が入
この女を殺すには一人じゃ無理だ。だが交渉できる人種か? 相手はクライシスマニアのバウンティーハンター。金が欲しくて賞金稼ぎをしているんじゃない。生死の境目が楽しくてしょうがない変態だ。 交渉材料があるとすれば、沢本か? だが沢本は場合によっては殺せというくらいに、三嶋に非情だ。だがニーナは昔からの知り合いで、手を組んだ事もあると言っていた。 「……」 昔からで思い出す。確かあの能天気な口調の女が言っていたではないか…… 「三嶋」 「なぁに?」 「西郷悠里って女を知ってい
三嶋がいる方向へ、どやしつけるかのようにして男を追い立てる。途中椅子やテーブルにぶつかるたびに、ビアンカが襟首を掴んで道筋を修正してやりながら、裏口へと連れて行くと、三嶋は路上に転がる男に手錠をかけているところだった。 どうやらこの女はお得意のブービートラップを仕掛けておいたらしい。吹き飛ぶ威力と方向を計算に入れ、最初に飛び出した獲物の足を止めるようにしておいたようだ。 こいつは元軍人なのだろうか? と思う程手際がいい。ぞっとするなと胸中で思う。 積み上げられたビール
ビアンカが見守る中、三嶋は軽やかな足取りで店に入って行った。ビアンカは一度振り返り、通りを見回した。バートの姿はない。 三嶋が動けば派手なことになるだろう。それにバートが気付くことを願って、遅れてビアンカも入って行った。 店内はまだ早い時間ながら、客の入りはまずまずだ。テーブル席ですでにジョッキを傾けながら、銃の分解掃除をしている奴もいる。こんなところでするくらいだから、流れ者か直前で使った際に弾詰まりを起こしたのだろう。他はカウンター席にいる。 先に入った三嶋は獲物
判断に悩んだ末にビアンカは一本先の路地から回り込むことにした。 ところが回り込んだはずの通路は、普段は通れるのだが、ひどい匂いがして思わず立ち止まってしまう。 「くっせぇー! 畜生、死体かよ!」 死臭は鼻につく。いつからそこで死んでいたのかわからないが、すでにハエが多いことから腐乱が始まっているのかもしれない。 「あー、ちくしょう! おえっ!」 始末屋を呼んでも高くつくし、死体を砂漠に運ぶ乾物屋がいても、これでは拒否するか、高額請求するだろう。殺して間もない死体はまだ
バートと別れたビアンカは用心深く通りを歩く連中を観察した。この街の大半は犯罪者で、誰もが武器を持っている。丸腰で歩く人間などむしろ不用心だと笑われるくらいだ。 普通は口径が小さい銃を好む。弾は無限ではない。確実に当てるためには、反動が小さい銃がいい。銃の扱いに慣れない馬鹿程、大口径をこれ見よがしに持ちたがる。それであさっての方向にぶち込むのが関の山だ。 しかし慣れている人間は、自分が撃ちこむ方向を確実に把握できることを好むので無理に大口径を使わない。反動を押さやすい小口
咄嗟に駆け込むと、そこには一人の男が血まみれで倒れている。 「先生!」 「茜君!」 匂いに気付いたのはビアンカだけではなかった。ほぼ同時に悠里も気付き、遅れることなく駆け込んでいた。 「ボネットさん……西郷さん……」 茜は床に直接座り込んでいた。返り血を浴びて、壮絶な姿に見えたが口調がしっかりしていることから命に関わるような怪我はないと判断できた。 「バート!」 「いったい何事ですか?」 さすがにビアンカよりも銃に慣れ親しんでいる男は違った。すでにローマンカラーに隠れ
うんざりした面持ちで考え込んでいると、ビアンカの内心のことなど知ってか知らずか、バートが女を口説く時に浮かべる胡散臭い笑みを浮かべた。 「しかし愛らしい方ですが、どうしてまたハウンドに? 沢本さんとはどういったご関係で?」 「うふふ、愛らしいとか言われると照れちゃう! 要君とは昔からの友達だよ」 どうも今日はこのフレーズが多いなとビアンカは思う。何かあれば「友達」だ。この街の連中が口にする言葉で最も胡散臭い軽い言葉が、油断のならない連中から聞かされ続けている気がする。 「
ビアンカたちが目的の場所にやって来ると、沢本のカジノの前には数台の車とバイクが集まっていて、それぞれ発進し出していた。 「あちゃ、出遅れたかな?」 バートのバイクが無事だったらここまで移動に時間はかかっていなかったかもしれないが、運が悪く壊れたバイクは昨日砂漠に捨ててきた。 「さて、私たちはどうしたらいいのでしょうかねぇ?」 なにせ仕事はロハという状況ではあまり張り合いがない。そればかりか、ビアンカならば獲物はナイフだが、バートは銃だ。撃てば撃つだけ費用がかさむ。乗り気
睡蓮華の外に出ると、ナインストリートの沢本のカジノを目指して歩き出した。場所はなんとなく知っている程度であり、カジノで遊んだことはない。 基本的にビアンカは薬も博打もしない。 仕事は金が必要だからしていることであり、金が必要なのは食うためだと思っている。 子供の頃はパンの一欠けら欲しさに体を売り、パンの一欠けら欲しさに人を殺した。あの頃と今と何も変わっていない。 それでも少なくとも今は好きなだけ食べられる。どんなに汚いことをして手に入れた金でも、金は金だ。綺麗ごとで
「要は知っているの?」 「多分、まだ知らない。けれどハウンドの連中には伝わっているので、そのうち伝わるさ。そのハウンド側からだが、沢本は今回の件に三嶋を関わらせるなと通達していたようだ。ところが例え沢本が遠ざけようとも、狙う獲物が一緒ならば早晩かち合う。だからいち早くその新顔の二人をハウンド及び、今回ハウンドに声を掛けられた連中は捕まえなきゃならない。普通なら多勢に無勢だ。援軍のない三嶋が手を引くのが道理ってもんだが、あの女にそれが通用するとは思えねぇ」 並みのバウンティー
夜の闇の中で見る睡蓮華は、白亜の建物であり、眩いばかりの明かりに彩られている。おかげでその壮麗さを目立たせていた。しかし昼に見上げる今日は昨夜の爆破のために破損した箇所の改修工事のために業者が出入りしており、まったく場所のように思える。早くも足場を組み立て、修繕工事に取り掛かっていた。デッドシティでも金も権力もある睡蓮華だからこそできる力技だ。 「……」 ビアンカは修繕工事中の睡蓮華を見上げて、小さな溜め息を吐き出した。 そもそも娼館の営業形態がわからない。夜に営業して
「あれぇ? もしかして、ミキちゃんのこと知っているのぉ?」 「さっきもここに来ていただろ? 出ていくのを見た。一度あの女に追いかけ回されたことがある。さらにしれっとして、さっきも話しかけられた。くそっ! あの女より先に見つけなきゃならねぇってハードル高すぎるだろ……沢本め、これでもロハで仕事させるつもりよか……」 どう考えても前途多難だ。あのバウンティーハンターは手際が恐ろしくいい。さらにどれほど賞金を手にしているのか、武器弾薬の類いは潤沢に用意し、遠慮なく使ってくるためや