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50 殺戮のBB

「くそったれ」
 火をつけて間もない煙草を投げ捨て、通りの外に出ようとしたところで誰かが姿を現した。
「ビア!」
 一瞬だけ視界の片隅にバートを捕らえたが、立ち止まることなく駆け抜ける。
「あいつだ、バート!」
「え?」
「手錠男を追え!」
 一拍遅れたが、バートもビアンカに続いて走り出した。
「特殊なプレイが好きなんですね!」
「マゾなんだろ!」
 本当のことを説明する暇がない。男は表通りに抜けると道路を駆け抜け、そのまま反対側の裏通りへと駆け抜ける。
 痛みと疲労に力が入らない。あっという間にバートがビアンカに追いついた。
「追いかけろ、バート! でも殺すなよ!」
「それは神のみぞ知る、ですよ!」
 黒のローマンカラーの裾をなびかせて、バートが追い抜いて行く。走りながら銃を引き抜き、距離を詰めて行った。
 これで捕まれば手間は省ける。けれどそう簡単にはいかないだろう。
 走るたびに傷口に痛みが響く。空腹に加えて疲労がビアンカの足を重くする。
 ビルの間の細い路地を向け裏通りに出るが、バートの姿が見えない。見失うには然程の時間はたっていない。
「バート! どっちだ!」
 姿が見えない。ということはどこかの建物に入ったという事か? バイクで追いかけたわけではないのだから、ここまで早く通りを駆け抜けられるわけがない。近くにいるはずだ。だがどの建物なのか見当もつかない。
「ちくしょう、どこだ?」
 ざっと見まわすが通りに人が少なすぎる。ビアンカは道端に座り込んでいる薄汚い恰好の男に近付いた。
「逃げてきた男を見たか!」
「……」
 だが視線が定まらない。口元から涎を流し、ボンヤリした表情のままだ。どう見ても薬の使用直後だろう。全く使い物にならなかった。
「ちっ!」
 すぐに手を放し周囲を見回した。些細な変化を見逃すまいとじっくりと見つめる。だが今しがた手を放した薬中の男が、ビアンカの足に手を這わせた。ざらざらとした素手で、足を撫でる。ビアンカは冷ややかな視線を投げかけ、そして膝で思い切り顎を蹴りつける。
「ぐっ!」
「気安く触ってんじゃねぇよ」
 男は後頭部を壁に打ち付けて、そのまま横に倒れた。両手で頭を抱えて唸っている。
「どっちだ……」
 歩き出しながら、どの方向へ逃げるかを考える。茜についたボディーガードを撃ったということは、銃を所持している。
 三嶋は逃げるようなら足を撃つつもりでいたのだろう。だから油断して手錠を前にかけたのが運の尽きだ。
「!」
 銃声がした。二度、三度と続く。ビアンカは音のした方向へと走り出す。しかし正確な位置がわからない。
「バート! どこだ! バート!」
 声を張り上げながら駆け出しては立ち止まって周囲を見回す。
 耳を澄ませ、五感を研ぎ澄ませろ。危険はどこにある? 散々嗅いできた匂いだ。嗅ぎとれ。血と硝煙の匂いを探し出せと自分に発破をかけた。
 もう一度駆け出す。その時、銃声がした。
「こっちか! バート!」
 デッドシティは通電している。だが電気代が高くて使わないところも多い。暗い路地裏は街灯さえ灯らない。裏通りは真っ暗だ。それでも今夜は月明かりが味方していた。青白い光が路地を照らしている。
 開いたドアが見える。直感的にそこだと思って駆けつける。
 だがそれを目前としたところでドアが爆風ごとはじけ飛び、ビアンカも道路へ投げ出された。反射的に腕を交差させて頭を庇ったが、そのまま転がる。ドアの破片やガラスが降り注ぎ、むき出しの手足が傷つけられていく。
「くそっ……」
 薄目を開けて爆破された方向を見る。煙と土埃が上がりドアの損傷具合が見えない。それでも立ち上がろうとしたところで、唸りをあげるバイクが接近してきた。
 歯を食いしばって立ち上がり、ホルスターからナイフを引き抜く。増援の敵なら迷わず殺すつもりだった。
「BB!」
「沢本!」
 沢本だった。戦争でもやらかすのか? と問いかけたくなる程の装備をしていた。両足にホルスターが装着され、二挺の拳銃がぶら下がっている。両脇にも銃が、そしてスリングで背中にアサルトライフルまで背負っていた。恐らく防弾ベストと思われるそれには、他のマガジンが装填されており、腰には手榴弾がいくつかぶら下げられている。全身黒づくめで、耳にはインカムが装着してある。どこの軍隊だよ? と問いかけたくなった。
「戦争でもやらかすのかよ?」
「相手が望むなら戦争をしてやるまでだ。この先か?」
「多分。バートが追いかけた。三嶋に一度つかまって手錠をしている。隙をついて逃げ出したが、もう一人は三嶋が確保しているはずだ。クライシスマニアとの金の交渉はあんたに任せるぜ」
 一応馴染みらしいからなという思いで視線を向けると、沢本は軽く頷いた。
「そうか……もう黒幕はわかった。下がっていいぞ、ビアンカ」
「この先に相棒がいるんだよ。それにこの落とし前をつけてやんねぇと気がすまねぇ」
 昨日から一体どれだけ負傷したか? この頭といい今の爆風といい散々だ。沢本はちらりと視線を投げかけた後、鼻で笑った。
「なら好きにしろ。俺の邪魔をしたらまとめて撃つからな」
「そんときはあんたの首を掻っ切ってやるよ」
 そう言い置いて二人で駆け出す。
「増援は?」
「間もなく来る。俺が先だ。おまえの獲物は近距離だけだ。俺の後ろを守れ」
「はっ! 指図すんな」
 そう言いながらも、従うしかなかった。実際にビアンカのナイフは近距離戦闘だけだ。だが沢本の銃火器は、近距離から遠距離までを広範囲をカバーする。射線上に出たら、ビアンカも殺される。前に出るなど愚の骨頂だ。

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