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45 殺戮のBB

 バートと別れたビアンカは用心深く通りを歩く連中を観察した。この街の大半は犯罪者で、誰もが武器を持っている。丸腰で歩く人間などむしろ不用心だと笑われるくらいだ。
 普通は口径が小さい銃を好む。弾は無限ではない。確実に当てるためには、反動が小さい銃がいい。銃の扱いに慣れない馬鹿程、大口径をこれ見よがしに持ちたがる。それであさっての方向にぶち込むのが関の山だ。
 しかし慣れている人間は、自分が撃ちこむ方向を確実に把握できることを好むので無理に大口径を使わない。反動を押さやすい小口径で、着実に急所に撃ちこむことで仕留める。
 連中は今だからこそこの街のルールを知らないでいるが、街のルールを理解できれば、簡単にもぐりこむことができる。そうなればいぶりだすのは骨が折れる。許された時間は少ない。
「なぁ、ちょっと」
 ビアンカはいかにも奥のバザールから食材を買ってきたというような中年を呼び止めた。
「あん?」
 顔色が悪いのは酒を毎日飲んでいるからか? 前歯の何本かが欠けていて、どこか間抜けにも見える。最初は不機嫌そうに睨みつけるが、その視線はビアンカの胸で止った。見られてどこかが減るわけでもない。気にした素振りも見せないで、ビアンカは問いかけることにした。
「さっき、いかにも新顔って感じの男たちが、ここを通らなかったか?」
「知らねぇよ。そんな奴らは道端のクソより毎日この街に溢れている」
「もっともだ。そのクソのことなんだが、よりによってハウンドの流儀を知らねぇ馬鹿が、茜医院の先生のところにカチコミかけやがった」
 そう言ってみると、男はにやりと口元に笑みを浮かべた。どうやらハウンドと茜医院の先生の話は、一部では暗黙の了解となっているようだ。
「そりゃ、おもしれぇ。地獄を見るぞ、そいつ。ところで先生は無事なのか?」
「あぁ、一応な。あたしらはカチコミかけた馬鹿を探している。ハウンドからの仕事でな。多分二人か三人くらいだと思うんだ。なぁ、見なかったか? いかにも新顔って奴らをさ」
 この街でハウンドの名を知らない奴はいない。だからこそ逆にビアンカはそれを利用することにした。
 逆らえば容赦のない噂は誰でも知っているだろう。知っていて隠せばろくな目に遭わない。
「なぁ、それって俺が噛んでも金になる?」
「そいつは沢本に直接交渉してくれ。あたしは交渉役にはなれない。だがあの先生に関わることだぜ。もしかしたらなるかもしれないぞ?」
 誰も出すとは言っていない。そもそもビアンカたちですら現状ではロハだ。
 そこは言わなかったが、たきつける材料には十分だった。
「とりあえず今は見てない。新顔だな?」
「そうだ、いかにもこの街にきたばかりという連中だ」
 どうせ個人では沢本に直接交渉はしないだろう。見たところ、この街の住人だろうが、殺しや運びという仕事より、主に他の街に住んでいられなくなり逃げ出してきたタイプだ。
 この街はどんな人間でも受け入れる。そして生きる力がなければ死んでいく。そんなところだった。
「!」
 ふと今日だけで二度も見ている疫病神が道路を横切った。バウンティーハンターの三嶋だ。
「……」
 これはもしかしたら?
 あの二人組を追いかけている三嶋を付ければ、少なくとも横取りできるかもしれない。
 茜医院を襲撃した側はバートに任せて、後を追いかけてみようか? という気になってきた。
「深追いはするなよ」
 下手に刺激して逃げられたら元も子もない。念のために忠告するのはこの男の身を案じてのものではなく、その男たちに無用な警戒心を抱かせないためだ。
 会話をしながらも三嶋の後を視線で追う。これ以上離されたら見失う。
「あぁ、わかったら一枚かませてくれよ」
「ハウンドに聞いて見な」
 そう言ってビアンカも歩き出した。くしくも方向はナインストリート方面。悪くはない。
 近づきすぎると気付かれる。今はまだ気付かれたくはない。
 幸いあの女は身長もある上に、「なんでそれで走り回れる?」と疑問に思う程の高いヒールの靴やミュールを好む。おかげで頭一つ飛びぬけていて目印になっていた。
 ここはまだエイトストリートに入ったばかりだが、安宿の前に娼婦たちが立ち始めている。これでも治安はマシな方だ。ワンストリートから始まるディザートチャイルド達の縄張りは、生きている人間が足を踏み込むだけで危険を伴う。
 相手が子供だからという理由で安心はできない。
 親に捨てられ、あるいは親が死に、行き場のない子供たちだけが集まったあの場所の子供たちは、生きるためになら何でもする。
 金目のものを持っていると判断すれば集団で襲い掛かってそれを奪う。奪われるだけならまだいい。下手に武器を持っていれば、武器すらも奪おうとして襲い掛かる。下手をすれば殺されるのは踏み込んだ大人だ。原始的な動物の生存本能のみで構成されているようで、ひどく気持ちが悪い場所だ。
 それはビアンカに過去を思い出させるので嫌になる。
 その点、こちらの通りはまだましだ。路上で薬を売りさばいていようと、売春婦が今日の相手を探していようと大人ならば理性が働く。
「ん……」
 先を歩いていた三嶋が細い路地へと曲がった。少しだけ足早に歩き、伺うようにして覗き込む。こういう場所へ足を踏み入れるのは危険だ。三嶋がビアンカの尾行に気付いているとしたら、間違いなく誘い込みだ。
 しかしあの女は「デッドシティでは例外を除いて仕事をしない」とも言っていた。仮に気付いていたとしてビアンカを誘い込んだとしても、適当な言い訳で見逃すかもしれない……奥へ進むか、それとも引き返すか……
 判断に悩んだ末にビアンカは一本先の路地から回り込むことにした。

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