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40 殺戮のBB

 睡蓮華の外に出ると、ナインストリートの沢本のカジノを目指して歩き出した。場所はなんとなく知っている程度であり、カジノで遊んだことはない。
 基本的にビアンカは薬も博打もしない。
 仕事は金が必要だからしていることであり、金が必要なのは食うためだと思っている。
 子供の頃はパンの一欠けら欲しさに体を売り、パンの一欠けら欲しさに人を殺した。あの頃と今と何も変わっていない。
 それでも少なくとも今は好きなだけ食べられる。どんなに汚いことをして手に入れた金でも、金は金だ。綺麗ごとで腹が膨れるならそうするが、綺麗ごとでは飢えは満たされない。そういう世界なのだから。
「ビア」
「あー?」
 隣を歩くバートが煙草を咥えて火を灯す。一服ついてから再度バートは口を開いた。
「大まかにですが、デッドシティのあちこちで爆破して回っている人間と、ドラッグの売人の関係性はわかりました。しかしこの街でその背後にいるのが誰かなのか、あのハウンドですらつかめていないというのがよくわかりません」
「んなこと、あたしが知るかよ」
 バートが煙草を吸っているのを見て、ビアンカも吸いたくなる。ポケットから煙草を取り出すと、一本を加えると、バートが火を差し出したのでそれで火を灯した。
「あなたは薬に無関心な人なので、知らないかもしれませんが。この街で手広くやっているハウンドですが、薬は一切しないことをご存じですか?」
「らしいな」
 カジノに売春に荒事。手広く商売をしているハウンドだが、そう言えば薬のことは聞いたことはなかったなと思う。
「それに私が世話になっている睡蓮華ですが。ここもニーナの方針で女性に薬をやらせないし、薬を持ちこむ客は追い出しているんですよ」
「ふーん」
「薬をする女は肌が悪い。それに薬を持ちこんでそれを強要した客は、運が良くて追い出される。悪ければ神の身許まで一直線の送迎車に押し込まれる」
 バートはそう言って皮肉っぽく口元を歪めて笑った。
 ドラッグに溺れる娼婦の寿命は短い。肌も悪くなれば、頭の出来まで腐っていく。ドラッグ欲しさに道端で売春を始めるようになれば、わざわざ金をかけて育て上げた商品が無駄になる。
 だから娼婦にドラッグをさせない。恐らくそれがわかれば、追い出すか、殺すのだろう。そうでなければ、睡蓮華の看板に泥がつく。
「つまりこの二つのデッドシティでも指折りの権力者たちは、薬のルートに鈍い。だからこそ、情報の出遅れもあるのでしょう。しかし武器は武器屋、薬は薬でそれぞれの商売の住み分けをしているだけで、お互いに自分の領域に入り込ませないためにも、常に相互監視しているような状態です」
「だから何が言いてぇんだ、バート?」
 声に険を滲ませて、苛立つように言うとバートが口角を吊り上げて笑った。
「ですからね? その二人組にしたって、新参者が簡単にこの街でのし上がれるか? ということですよ。どこにでもある治安の悪い場所ならそれも可能でしょうが、よりによってデッドシティですよ。犯罪者ばかりのこの街で、ハウンドを知らないモグリがそんなことを始めれば、嫌でもすぐに目につく。それこそ猟犬ばりのあの連中が、見逃すとは思えない」
「……」
 ビアンカもそう考えて、昼の出来事を反芻する。ラムダークでバートが沢本とのポーカーに負けたあと。決して沢本の店ではなかったのに、連中はそれとなく沢本の周囲に集まっていた。
 あの店へ沢本が出向いたのは、予定されていたことではなかった。ビアンカがバートに金を返すという名目で待ち合わせをしていたが、沢本がそれを知ったのは茜医院であり今朝の話だ。その後はビアンカと行動しており、沢本が仲間を呼び出す暇もなかった。
 構成員がどれほどいるのかわからない。
 呼び出しもしないのに偶然居合わせた連中がいるという実態。
 ハウンドを知らない馬鹿なら、それこそ嫌でも目につくのに、未だにハウンドに把握されていなかったという事実。
 知っていて隠れようとしていたなら、あの二人だけなら可能だろう。しかし二人でハウンドをひっくり返すことなど不可能だ。
 もっと多くの構成員が必要だ。ハウンドと同等、あるいはそれ以上の。
 それが見つかっていないということは……
「つまり新顔を匿っているのは、古株の権力者じゃないですかね?」
 バートがじっと見下ろした。ビアンカも煙草を口にくわえたままで見つめ返す。
「しかし睡蓮華の姐さんの線はないだろう?」
「それはないでしょう。もちろん、疑いの目を逸らすために偽装という手はありますが、自分の店と従業員と自分自身を犠牲にする意味がない。ましてや昨夜、あの場所に、あの瞬間にあなたが現れるという確証はなかった。それに仮にあったとしても、あなたが庇わずに、自分だけの身を守っていれば、ニーナは怪我をしていた。偽装のためとはいえ、娼婦がそんなことをしますかね? 睡蓮華の女たちが一流の高級娼婦と言われるのは、ニーナの徹底管理があるからです。傷があればそれだけであの店にはいられなくなる。私がね、好き好んであの店で遊んでいるのは、そう言う理由です。性病は貰いたくないですからね。ニーナの店は従業員たちに毎月検査を受けさせているんですよ。街の他の娼婦たちは食べるのにやっとです。病院がまともに機能しない街で、食べる金をかけてまで検査する娼婦はいないでしょう?」
 その話を聞いて、沢本と言い争いになったときのことを思い出す。
 睡蓮華には肌荒れ、傷のある女はいない。髪の毛、爪の先まで磨いている。先ほどバートが言ったように肌を荒れさせないためにも、女たちには薬をやらせない。
 所詮娼婦。しかしその体を完璧な商品として成立させるためにも、金をかけているのがあの店の女たちなのだろう。

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